稲田俊輔さん率いる「エリックサウス」は、南インド料理ブームの立役者。dancyu祭では、大人気のビリヤニをラムでアレンジし、また、マハラジャも食したというカシミール地方のマニアックな赤カレーを用意して、カレーファンを出迎えます。1F奥のカレーコーナーへ急げ!
日本のインド料理は、ここ数年の間に大きく変化した。顕著なのは南インド料理の台頭だ。ケララ、ハイデラバード、ゴアなどインド南部の郷土料理を楽しむ人たちが増え、それに比例して南インド料理専門店も増加中。
そんな南インド人気を牽引しているのが東京都心と名古屋に4店舗を展開する「エリックサウス」だ。
「南インドは日本と同じく米が主食。カレーにはライスを合わせるのが一般的です。そのカレーは野菜をふんだんに使い、油脂分も少なめなのでさらっと軽い。魚、野菜、豆などのカレーもあって、日本人の口に合うんですね」というのは総料理長、稲田俊輔さん。4つの店舗はすべて稲田さんがプロデュース。バターチキンやナンに代表される北インド料理が主流の時代に、南インドというマイナーなジャンルに果敢に切り込み裾野を押し広げたのが稲田さんなのである。
この店の人気の秘密として挙げられるのは第一に入りやすさだ。2011年にオープンした八重洲店は東京駅の地下街にあり、昼から夜までの通し営業。1人客向けのカウンター席も用意されて、ファストフード店のような感覚でぶらりと立ち寄れる。他の店舗も商業施設の中にあり、客席はおしゃれでカジュアル。この仕掛けで、未知なる南インド料理がぐっと身近になったことは確かだ。
それでいて、味は本格派。スパイスやハーブが香るカレーは定食スタイルのミールスでも味わうことができる。実際、この店で南インド料理に開眼したという人は少なくないのである。
稲田さんによれば、メニュー構成で意識しているのは「二面性」だという。チキンカレーやキーマカレーといった、インド料理を食べ慣れていない人でも楽しめるオーセンティックなラインを揃える一方で、ビリヤニやドーサといった、カレーマニアが歓喜するディープな料理もさりげなくラインナップされている。幅広い層の期待に応えてくれるところもまた、ファンが多い理由なのだろう。
dancyu祭ではこの店の「二面性」を発揮させた、初心者から超マニアまで楽しめる2品が繰り出される予定だ。
まず1品目はビリヤニ。平たく言うとカレーを炊き込んだご飯で、昨今、ファン急増中だ。実は、人気に火を付けたのは「エリックサウス」なのだ。かつてデパ地下でビリヤニ専門店を出していたこともあるほど。
「ビリヤニはマリネした肉をバスマティライスと交互に重ねて蒸すハイデラバード式が有名ですが、今回出すのはカレーをつくって炊き込む南インドのタミル式。パラパラの中にもしっとりとした食感が楽しめますよ」と稲田さん。
ベースのカレーは、タミル式には珍しいミルキーなラム肉。スパイスをしっかり効かせて、ビールやワインのつまみにもなる食べ応えのある味に仕上げられる。
もう1品はもちろん、カレー。数ある手の内から稲田さんが選んだのはローガンジョシュだ。これは16世紀にインド北西部のカシミール地方に伝わった伝統料理で、かのマハラジャも食べていたとか。鮮やかな赤色は辛味の穏やかなカシミールチリによるもの。インドでは羊肉でつくることが多いカレーだが、今回は、岐阜県の腕利きの猟師が仕留めた野生鹿のスネや首肉がほろほろと柔らかく煮込まれる。
スパイシーで香り高いそのカレーに合わせるライスは、ナッツやフルーツを一緒に炊いたカシミリプラオ。カシミールという地域をフックにしたカレーとプラオの組み合わせは、この機会だけとのこと。並んでも食べるだけの価値がある一品だ。
南インド料理の普及に貢献してきた「エリックサウス」。その次なるステージとなるのが、昨年渋谷にオープンした「エリックサウス マサラダイナー」だ。店名の通り、ボックス席を設けたアメリカンダイナー風のこの店では南インド料理を主軸にしつつ、これまでになかったモダンインディアンコースが導入されている。
「モダンインディアンとはロンドンから始まったインド料理の新しい潮流。うちの店では『if』から発想して、懐石料理、フレンチ、イタリアン、エスニックなど世界各国の料理と融合させています。たとえば、もしもインドに生魚を食べる習慣があったら、どんな料理ができるだろうとか。南インド料理が浸透した今だからこそできる新しい試みですね」
コースの内容は2ヶ月に1度代わり、どの品も驚くほど完成度が高い。それは「ジャンルを問わず何にでも喰いつく変態料理人にしてナチュラルボーンの食いしん坊」なればこそ。このコースを体験すると、新たなインド料理の扉が開かれること間違いない。
文:上島寿子 写真:富貴塚悠太