
伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに習う干物づくり。今回は連載を担当する釣り師カメラマン牧田健太郎さんのアイデアで、内田さんのアジの干物を3枚におろして素揚げにし、南蛮漬けをつくってみた。干物は一般に焼きたてが一番おいしいものだが、漬け込んで冷やしてみると、未知なる美味が待っていた!
アジの干物には課題が二つあると思う。一つは、定番干物なので連続して食べる可能性があること。当然ながら飽きてくる。もう一つは、干物全般というか焼き物全般に言えることだが、焼きたてが圧倒的に美味しくて、冷めると風味が落ちてしまうことだ。
「食べやすい大きさに切って素揚げして、南蛮漬けにするのはどうですか。揚げたてではなく、漬け込んで冷やして食べる料理です」
魚料理が得意な釣り師カメラマンの牧田健太郎さんが提案してくれた。なるほど、その手があったか!「干物=焼きたてをご飯のおともにする」という固定概念を取り払えば、干物の可能性はどんどん広がっていくのだ。
「一口大に切って揚げるならば、三枚におろして干物にしたほうがいいですね」
我らが干物師匠である「島源商店」の内田清隆さんはいつも理にかなった干物づくりを教えてくれる。アジの干物と言えば腹開きにされたものが頭に浮かぶが、ホテルなどには三枚におろしたフィレの状態で干物にして納品することもあるらしい。骨が残らないので片付けも楽なのだそうだ。小さな子どもがいる家族客などもフィレ干物のほうがいいのかもしれない。
内田さんによれば6月~8月はアジに脂がのる季節。島源商店では、地元の静岡県産はもちろん、長崎県などの産地からも冷凍のアジを大量に仕入れて1年間に渡って干物にしている。150匹以上は入っているケースを100~200ケースは使うらしい。少なくとも15,000匹。素人の想像を絶する量だ。
「高温になるので天日干しには神経を使う一方で、仕入れに関しても勝負の時期なんです」
たくさん仕入れたアジは、さまざまなおろし方と味付けで、需要に細かく応えていくのだ。フィレ干物用にアジを三枚おろしする工程は以下の通り。
胸ビレに刃先を入れ、斜めに切り込みを入れる。
魚の腹を上に向け、腹ビレと胸ビレごと頭を切り落とす。
腹に包丁を入れて、内臓をかき出す。
血合いの塊などを取り除き、腹の中を丁寧に水洗いする。
背側から包丁を入れる。中骨と背骨を感じながら包丁を入れていき、尾の手前で腹側に貫通させる。尾まできたら、そのまま身を切り離す。
5でできた切れ目に沿って腹側にも包丁を入れ、身を外す。
反対側の身も同様に切り離せば3枚おろしの完成。
刺身にするわけではないのでゼイゴや皮を取り除く必要はない。どんな料理に使うのかで魚のさばき方は変わるのだ。
さばき終えたら、いつもと同じように塩水に漬けて干すだけ。夏場に活用したい脱水シート式の干物づくりはこちらの記事を参照してほしい。
島源商店の近くにある「フードストアあおき」にて牧田さんと一緒に買い物。にんじんやたまねぎなどを購入した。野菜をたくさんとれるのも南蛮漬けの魅力の一つだ。牧田流「アジの干物南蛮漬け」のレシピは以下の通り。なお、生姜の量は「好きなだけ」である。
にんじんは3cm分ほどをせん切りにする。玉ねぎは4分の1個を薄切りにしてさらに半分に切る。生姜はせん切りにする。
酢60ml、醤油大さじ1、唐辛子の小口切り(1本分)を混ぜ、1と合わせる。
鍋に揚げ油を入れ、アジの干物をキッチンバサミで一口大にカットしながら油の中へ。それから中火にかけてじっくりと揚げる。
アジが揚がったら菜箸で取り出し、そのまま2の調味液の中にポイポイと入れるのが牧田さん流。調味液に浸けたアジを冷蔵庫で1時間ほど置けば、南蛮漬けの完成。
撮影も担当する牧田さんの代わりに料理をしていて感じたのは、素揚げの手軽さ。衣付きの揚げ物と比べると油があまり汚れない。油は繰り返し使えてお得だし、揚げ物が油をあまり吸わないので健康的。火はしっかり通るのでゼイゴも気にせず食べられる。
素材に干物を使っていることの良さも感じる。普通の南蛮漬けよりもアジの旨味が強いのだ。白ワインもいいけれど、重厚感のある日本酒と合わせたくなった。
美味しいアジが安くたくさん手に入りやすい季節。新鮮なもので刺身やたたきを楽しんだら、開きや三枚おろしで干物をつくっておこう。南蛮漬けなどにも使えると知った今、アジの干物を食べ飽きる心配はもうない。
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
1968年、東京・南麻布生まれ。バーテンダーやシャンプーボーイなどを経て、カメラマンの浦川一憲(IKKEN)氏に師事した後、独立。仲間と釣り船を保有し、暇を見つけては釣りに出かける。釣果は都内の和食店などに卸すことも。料理することも大好きな食いしん坊。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎