夏は気温が高く魚の脂が酸化しやすいため、天日干しに向かないシーズン――。でもいい方法があります!伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに、脱水シートを使って冷蔵庫でアジを干す、家庭向きの方法を教えてもらった。天日干しとは違うしっとりとした仕上がりで、これもまた美味。
体温を超えるような気温が続くようになった日本の夏。人間だって乾いてペラペラになってしまいそうな暑さなのだから、干物づくりには最適な季節なのだと思っていた。実は大間違い。我らが干物師匠である島源商店の内田清隆さんによると、「夏は干物をつくるな」が先代からの教えなのだという。
「気温が25℃を超えるようになると、魚の脂が酸化してしまう危険が高まります。特に丸干しは避けたほうがいいでしょう。内臓が痛む恐れがあるからです」
無添加天日干しが原則の島源商店は、比較的低温になる早朝の時間帯を狙って外で干したりしている。でも、僕たち一般人はそこまでやれない。そこで内田さんが提案してくれたのが脱水シートと冷蔵庫の合わせ技だ。
冷蔵庫内は乾燥しているので、下処理した魚を網にのせて入れておけば、実はそれだけで干物をつくることができる。問題は、それでは冷蔵庫が魚臭くなってしまうことだ。しかし「ピチット」などの脱水シートで魚を包んだうえで冷蔵庫に入れれば、水分を効率良く抜きつつ臭いも防げ、腐る心配もなくなるのだ。
「コストがかかるので大量生産には向いていませんが、場所をとらないし干し網などの道具も不要なので、家庭での干物づくりにはむしろいいかもしれません。ガツンとした旨味を出せる天日干しと違って、冷蔵庫干しはしっとり仕上がります」
脱水シート&冷蔵庫干しの利点を強調してくれる内田さん。
脱水シートは、超吸収タイプをネットで購入。
やや高価な脱水シートは1枚でできるだけ多くの干物をつくりたい。開きの場合は頭を落としてコンパクトにし、隙間ができないように上下を交互に並べると良い。ここでは、脱水シートを効率的に使うために、頭は落とすが背骨は取らない開きを紹介する。背骨を残すと、焼くときに箸で持ちやすいというメリットがある。
アジを、腹を上にしてまな板に置き、腹びれの下から斜めに包丁を入れる。胸びれ付近を通過したら包丁を垂直にして、一気に頭を落とす。
腹に包丁を入れて内臓をかき出し、歯ブラシで身の中をきれいに洗う。
中骨と背骨の上に包丁の刃を滑らせながら開く。
ちなみに、みりん干し(天日干し)用の開き(記事はこちら)では、浸けダレをしっかりしみ込ませるために、開いた後に背骨を除去した。脱水シート&冷蔵庫干しでは背骨は残しても構わない。
もうひとつ、素早くできる3枚おろしも教えてもらった。これはアジやイワシなどの小魚向きだ。手順2の内臓をかき出して身を洗うところまでは同じだ。
アジをひっくり返して背から包丁を入れて、中骨の先まで刃先が届くくらい深く差し込み、尾まで切り目を入れる。
腹側からも包丁を入れて、片側を切り身にする。
残った片側は皮を上、身と骨を下にして置く。中骨と背骨の上に包丁の刃を滑らせながら、腹側から背側まで一気に切り込み、中骨を取り外す。
手順5に関しては、3と4のように背と腹の両側から包丁を入れてもいい。ただし、アジのように小さな魚は身が崩れやすいので5のように作業を簡略化すると良いのだ。片側だけ「大名おろし」にする技である。
塩水に浸ける作業は通常の干物と変わらない。アジの鮮度と大きさから、開きは濃度8%の塩水で10分間、切り身は同じく7分間浸すことにした。ここで時短にも配慮してくれる内田さんからアドバイス。
「開きを浸すときは、ボウルの中心点に尾を向けて扇状になるように並べてください。より多くの魚を同時に浸すことができます」
浸け終わったら真水ですすいで、キッチンペーパーなどで水気をよく拭きとる。脱水シートが浸透圧の働きで吸収する水分の量には限界があるので、天日干しのときよりも念入りに拭くのがポイントだ。
「ピチット」の場合、シート一枚のサイズは約25cm×35cm。片側半分に食品をのせてもう片側を上から重ねることでまんべんなく脱水する。今回のアジでは開きなら3尾、切り身なら6尾は同時にのせられた。
「魚を挟んだシートの上に次のシートをのせても大丈夫なので、たくさん作る場合も冷蔵庫内の場所をとりません」
バットの上に魚を挟んだシートをのせながら教えてくれる内田さん。なるほど、バット内なら複数のシートを重ねやすい。
8時間後、冷蔵庫内から取り出した脱水シートは水分をたくさん含んでブニョブニョになっていた。いい仕事をしているな! 干物の出来に期待が高まる。
脱水された魚はシートにまさにピタッとくっついている。シートからはがすときに魚体が崩れないように注意しよう。
取り出した魚をさっそくグリルで焼いてみた。焼く際の注意点も天日干しと同じ。
ただし、焼き上がりはかなり違う。天日干しは香ばしさと強い旨味を感じるのに対して、脱水シート&冷蔵庫干しはしっとりふっくらとしている。それでいて旨味はちゃんと凝縮されていて、塩味もほど良い。天日干しが野生児なら、脱水シート&冷蔵庫干しは箱入り娘と言えるかもしれない。どちらも魅力的だ。
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎