トマトとヨーグルトの生き生きとした酸味に舌が喜ぶ一皿です。そして決め手は1個のピーマン。密かに青い香りを充満させ、深い味に導いてくれます。インド&スパイス料理研究家の渡辺玲さんに、スパイスを駆使した本格的なインドカレーのつくり方を教わりました。
南インド式カレーのおいしさの鍵は、玉ねぎの量と炒め方にある。
たとえば、4人分のチキンカレーなら玉ねぎは1個あれば十分。それを短時間で炒めるのがインド流だ。
欧風カレーのように玉ねぎを大量に使うと、どうしても甘味が前に出すぎ、スパイスの香りやトマトの酸味がかき消されてしまう。
炒め方は、香ばしさを引き出すことがポイントになる。多めのサラダ油を使い、強めの中火で、玉ねぎの周囲に少し焼き目がつく程度まで炒める。この風味が、スパイスの香りとよくマッチし、カレーの味わいをより深めてくれるのだ。アメ色になるまで炒める必要はない。インド料理における玉ねぎは、カレーに適度なとろみをつけ、食感を補うつなぎの役目も果たす。が、量が多すぎると、もともと具材の多いインドカレーでは、ソースに濃度がつきすぎ、舌ざわりが悪くなってしまうのである。
さらなるおいしさのノウハウは、玉ねぎの切り方にある。長さを半分に切った、ハーフサイズのスライスである。これが南インド流だ。
みじん切りの玉ねぎは、焦げやすく、とろみが強くなる。一方、いつもの玉ねぎスライスは、焦げにくい代わりに火の通りがやや遅く、カレーソースのとろみが弱く、サラサラの仕上がりになる。
その点ハーフサイズのスライス玉ねぎなら5分程度の炒め時間で軽く色づく上、10分間の煮込みでカレーソースにほどよく煮溶けてくれるから、適度なとろみとなる。短時間で豊かな味わいと食感にできるのが、ハーフサイズのスライス玉ねぎなのだ。
スパイスの構成は基本を重視した。が、今回はクミンパウダーにご注目いただきたい。これさえあればガラムマサラがなくても大丈夫。仕上げにカレーの風味を際立たせる、南インドのシェフが用いる秘伝のスパイステクニックである。
野菜は、インドでよく使われる青唐辛子の仲間のピーマンを随所に加えた。ピーマンなどの青くさい香りがスパイスとよく合い、豊かな味わいが生まれる。これまた本場インドならではの智慧だ。
今回は、インドカレーではあまり登場しないポークカレーも紹介した。肉は、薄切りやこま切れを使うことで、おいしく短時間でつくれる。牛肉や豚肉はややクセが強いので、クローブなどのスパイスのほか、ヨーグルトやココナッツミルクで旨味を引き出そう。
時間をかけず、煮込まずとも、スパイスの香り高い本格的なカレーライスが、ご家庭でできるのである。お試しあれ。
鶏もも肉 | 2枚(400g)(皮なし) |
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玉ねぎ | 1個(200g) |
にんにく | 大さじ1/2(すりおろし) |
生姜 | 大さじ1/2(すりおろし) |
ホールトマト | 1カップ(缶詰) |
ピーマン | 1個(乱切り) |
プレーンヨーグルト | 1/2カップ |
サラダ油 | 大さじ3 |
塩 | 小さじ2 |
水 | 1と1/2カップ |
★ ホールスパイス | (※1) |
・ シナモンスティック | 3cm |
・ クローブ | 2個 |
・ カルダモン | 4個 |
・ ローリエ | 1枚 |
★ パウダースパイス | |
・ ターメリック | 小さじ1/4 |
・ カイエンペッパー | 小さじ1/2 |
・ コリアンダー | 小さじ2 |
★ 仕上げのスパイス | (※2) |
・ クミンパウダー | 小さじ1 |
※1 ホールスパイスはすべて省略可。
※2 仕上げのスパイスはガラムマサラでも可。
玉ねぎをスライスする。火の通りがいいように縦半分に切ってからさらに横半分に切って、半分の長さの薄切りにするのがポイントだ。
口径20cmの底が厚い鍋を用意する。鍋にサラダ油を入れて中火にかける。油の量は鍋底一面がひたひたになるくらいの大さじ3が基本。すぐにホールスパイスをすべて入れて加熱する。鍋を揺すりながら火を通し、スパイス類がぷっくりとして泡が出て、いい香りがしてくればOK。
強めの中火にして玉ねぎを加える。最初にざっくりと混ぜ合わせて油をからめたら、
そのままあまり混ぜずに玉ねぎの水分をとばすようにして火を通す。玉ねぎがしんなりしてきたらゆっくりと混ぜながら炒め、透き通って玉ねぎの周囲が少し色づくまで炒める。5分が目安。
弱めの中火にして、にんにくと生姜を加え、大きく混ぜて全体をなじませながら香りを出す。炒め時間は30秒が目安。
ホールトマト、ピーマン、ヨーグルトを加えて軽く混ぜながら火を通す。
沸騰したらパウダースパイスと塩を順に混ぜながら加えていく。
強火にして水1/2カップを加え、混ぜながら沸騰させる。これでカレーのベースの出来上がり。
カレーのベースにメイン素材となる鶏肉を一口大に切って加えて、火を通す。スパイスで鶏肉の表面をコーティング、炒りつけるようなイメージだ。こうすると肉のくさみが消えておいしくなる。
肉の表面が白くなったら水1カップを加える。蓋をして弱火にし、ときどき混ぜながら約10分煮る。アク取り不要がインド流。
クミンパウダーを加えて中火にする。ほんのりとろみがつくように、ときどき大きく混ぜながら3分ほど煮る。水分を蒸発させて味を凝縮したいので、蓋はしない。
味をみて、足りなかったら塩(分量外)で味をととのえる。見た目はサラリとしていても、食べれば決して水っぽくない仕上がり。
日本のインド料理研究の第一人者。1960年生まれ。レコード会社のディレクターなどを経てインド料理店の厨房に入る。インドと日本を往復しながらインド料理と文化への造詣を深める。『スパイスの黄金比率で作るはじめての本格カレー』(ナツメ社)、『新版 誰も知らないインド料理』(光文社知恵の森文庫)など著書多数。
※この記事は『技あり!dancyu カレー』に掲載したものです。
文:中村裕子 写真:石井雄司