こってり甘い照り焼きではなく、上品な魚醤(ぎょしょう)の塩味が効いた、和の味わいが新鮮です。和食にも洋食にも使える、とても便利な調味料である魚醤を使ったレシピを、料理研究家のワタナベマキさんに教わりました。
ワタナベマキさんがキッチンの戸棚から次々と取り出したのは、何種類もの魚醤。秤はかりマークの付いた日本でもおなじみタイのナンプラー、ベトナムのニョクマム、韓国のエクチョッ、シチリア島のコラトゥーラ……。「魚醤は世界中にあって原料となる魚もさまざま。ナンプラーに代表されるカタクチイワシのものが一般的で、クセがなく使いやすいものが多いです」。
今では魚醤と聞くとナンプラーを思い浮かべる人が多いかもしれないが、日本でも昔から各地方で魚醤がつくられている。たとえば、能登のいしり。イカの内臓まで丸ごと使用しているため、強烈な発酵臭があるが旨味はパワフル。秋田では高級魚・ハタハタでつくるしょっつるがある。ワタナベさんの家にあったハタハタ100%のしょっつるは、3年熟成で旨味が濃く、高貴な香りは、もうそれだけでご馳走だ。ほかにも鮎やキビナゴといった産地に即した魚醤があって、昔ながらの味が守られている。「一番のお気に入りは、神奈川県藤沢市・鵠沼の魚醤です。丁寧につくられた魚醤は、とてもいい味がするんですよ」。
若い頃にアジアにハマり、ナンプラーから始まったというワタナベさんの魚醤愛。という割には、今回披露してもらったレシピに、アジア料理の影はほとんどない。すっきりと品のいい味わいで、和食も多い。想像の斜め上をいく展開だったんですけれど!?
「魚醤って家庭料理にこそ使える調味料だと私は思っているんです。水と酒と魚醤さえあれば、十分だしの代わりになります。炒め物も、魚醤を少し加えるだけで味に深みが出る。ありきたりな家庭料理の目先を変えてくれるのが魚醤の力。『あ、今日は魚醤を入れてみよう』ぐらいの、軽い気持ちで使ってもらえるといいですね」
初めてアジア料理以外に魚醤を使ったのは、“ひじきの煮物”。塩分は魚醤のみ、醤油の半分の量で料理に旨味が出せるし、ほかの調味料も少なくて済む。それでいて味が決まりやすい魚醤にグイグイと引き込まれたという。
“魚醤のきつねうどん”も、そんな普段の台所から生まれた料理。長年魚醤を使い続けたワタナベさんのワザが光る、極限まで削ぎ落とされたレシピである。うどんのだしが、水と酒と味醂、魚醤。これだけなのだ。魚醤さえあれば、あとはおなじみの調味料を入れるだけ。だしパックを使うよりも簡単!まるでインスタントだしのようだ。シンプルな材料ながら、煮立たせると魚醤のふくよかな香りが広がり、しっかりと旨味が残る。出来たてのうどんを口に含むと、軽やかな塩味に驚く。いい魚醤を上手に使うと、上品な塩味になるとは思いも寄らなかった。
魚醤の使い方のコツとしては、ワタナベさんはだしの味で食べさせるもの(おひたし、汁物など)には、国産の上質なものを選ぶそう。この基本を押さえれば、あとはお好みで。冷蔵庫にナンプラーが残っていたら日本の魚醤と混ぜて使ってみてもいいそうだ。毎日の料理にじゃんじゃん使って、自分好みの魚醤の味を見つけてほしい。
「魚醤は火を入れるとクセがとび、旨味が増します。厚めの豚肩ロースでもいいけれど、まずは鶏肉でシンプルなこのおいしさに目覚めてもらいたい」とワタナベさん。鶏肉はフライパンの蓋やトングを押しつけて焼くとムラなく焼き目がつく。
鶏もも肉 | 1枚(約350g) |
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薄力粉 | 適量 |
胡麻油 | 適量 |
魚醤 | 大さじ1 |
酒 | 大さじ3 |
味醂 | 大さじ2 |
常温に戻した鶏ももの皮目に薄力粉をはたく。
フライパンに胡麻油をひき、中火で鶏肉を皮目から焼く。皮がパリッとしたら裏返して約10分焼く。
魚醤大さじ1、酒大さじ3、味醂大さじ2を加えて鶏肉に煮からめる。切り分けて皿に盛り、粗挽き黒胡椒をふる。
シンプルな材料と手順でつくるレシピが人気。著書『ナンプラーがあればダシはいらない』には、生姜焼きからカリフラワーのシチリア煮まで、魚醤の底力を実感できる、和洋の料理が満載!
この記事はdancyu2019年11月号に掲載したものです。
文:藤田 優 写真:公文美和