フランスのカフェで食べる、世界一のサラダのお話。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。パリに住んで20年の辻さんによる、美味しさと思い出の詰まった“パリ・サラダ”のレシピです。
フランスのカフェ文化はご存じのように素晴らしいわけですが、そこはご近所の社交場であり、食堂であり、議論の場でもあり、魂の休息の場でもあるわけです。ぼくはカフェで、疲れた体と胃袋を癒します。とくに、息子が学校に行ってる間、家事や育児から解放され、今ならカフェのテラス席で、何か、軽いものを戴くことが多いです。
一人飯にはサラダが最適です。カフェのサラダは、サイドディッシュという感覚ではなく、主食というボリューミーなものが多く、とくに、マダムたちに愛されております。サラダ・二ソワーズや、シーザーサラダなどが人気ですけど、日本では馴染みのない「シェーブルショーのサラダ」も忘れてはいけません。ショーは仏語で「熱い」という意味になります。どういうものかと言いますと、葉っぱのサラダの上に、スライスしたバゲットにオーブンなどで温められたシェーブルチーズが載ったものが添えられて出てくるのが一般的。だいたい、はちみつがかかっています。はじめて食べた時、やられた、と思わず相好が崩れたものです。
先日、シェーブルショーのサラダを食べたくなり、馴染みのギャルソン、セドリックがいる、近所のカフェに行き、
「そういえばね、普通のシェーブルショーのサラダってここにはあるの?メニューには載ってないけど」
と聞いたら、皮肉屋のセドリックがいつものようにウインクをして、
「普通のはないけど、世界一のはあるよ」
と言ったので、それ、と笑顔で注文をしてみたのです。
出てきたサラダを見て、びっくり。
なんと、シェーブルチーズが、バゲットの上に載っているのじゃなく、ブリックで包まれ、揚げ焼きされていたのです。ブリックはチュニジアなど北アフリカでよく使われている、春巻きのような、しかしもっと薄い、皮……。主原料は小麦とコーンスターチです。日本でも、卵やツナを包んであげる「ブリーク」なる料理が流行ったことがありますね。ただ、こちらではどこのスーパーでもブリックを買うことが出来ますが、日本では春巻きの皮で代用されている方が多いようです。似ていますが、ブリックは春巻きの皮よりもっと薄く、パリパリ、サクサク感がさらにはっきりとしています。
セドリックのカフェでは、シェーブル・チーズをこのブリックで包んで、フライパン(もしくはオーブン)でカリカリに焼いたものをサラダの上に載せて、出しています。フォークとナイフでブリックを割ると、サクっ。葉っぱと一緒に口の中にいれると、サクサク、が弾け、口の中で、シェーブルチーズとはちみつが溶け合って、ああ、美味い、となるわけです。
「ほんとだ、世界一だね」
とぼくが絶賛すると、セドリックがまたウインクをしてきました。
今日は、このセドリックのカフェで食べた「サクサク・シェーブルショーのサラダ」(Salade de croustillant au chèvre)を真似、ご紹介してみます。
サラダ菜 | 適量 |
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ブリック | 2枚 |
シェーブルチーズ | 1個 |
はちみつ | 適量 |
パセリ | 少々 |
塩 | 適宜 |
胡椒 | 適宜 |
★ ヴィネグレットソース | |
・ バルサミコ酢 | 大さじ1 |
・ ディジョンマスタード | 少々 |
・ オリーブオイル | 大さじ2 |
・ 塩 | 適宜 |
・ 胡椒 | 適宜 |
さて、シェーブルチーズはまわりが硬いものはナイフなどで取り除き、適当な大きさにカットしておきます。できれば、フレッシュのシェーブルチーズがあるとそれが一番です。また、シェーブルは食べられない、苦手という方は、普通のクリーム系のチーズでも、まぁ、似たような世界観を愉しむことができるかなぁ。
ブリックを広げ、シェーブルチーズを端にのせ、はちみつを少し垂らし、パセリのみじん切りをのせ、パラパラッと塩をふったらブリックで包みます。包み方は、春巻きと同じやり方で。くるくると包んで二重、三重くらいに巻いたほうが、破れないので安全です。要注意。
フライパンにオリーブオイルをひき、中火でオイルが熱くなったらブリックの巻き終わりの面から焼いていきます。先に、焼いて、封を閉じる感じですね。両面を約1~2分ずつ焼いて、きつね色に仕上がったら出来上がり(春巻きの皮で代用される場合は、焼け具合を確認しつつ、試食をして、その加減をご確認ください)。
ボウルにヴィネグレットソース(バルサミコ酢とディジョンマスタードをよく混ぜて最後にオリーブオイルを合わせてよく混ぜる)をつくり、サラダ菜にからませてお皿に盛り、シェーブルチーズのブリック包みをのせて、完成となります。トマトなどはお好みで……。
サラダ菜とドレッシングを和えるのは必ず食べる直前に。時間が経つと水が出てべちゃっとなってしまうからです。ヴィネグレットはちょっと甘めのバルサミコ酢を使ったものがお薦めですね。
はい、ボナペティ。
文:辻仁成 撮影・協力:Miki Mauriac