フランスに豚汁はありませんが、辻さんにはフランスだからこそつくれる、スペシャルな豚汁の思い出があるそうです。今回はそのレシピを大公開。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
ぼくは小学生の頃、帯広市に住んでいたことがありました。帯広には自衛隊の駐屯地があり、ここでよく自衛隊員と触れ合うイベントが行われていたのです。そこで毎年必ず出されていたのが、豚汁とおにぎりでした。この豚汁が本当においしくて、寒かったからかもしれないけど、小学生だったぼくの脳裏に強く焼き付くことになります。
それから函館に転校をして、ぼくは函館西高等学校の柔道部に入るのですが、いや、信じてもらえないかもしれないけど、ぼくは70kgも体重があり、“寝技の辻”という異名をとっておりました。笑。ちょこまか動くちびのぼくは、大きな対戦相手の背後に回り込み、そのまま、寝技に持ち込んで、背後から絞めて落とすのが得意だったのです。
で、どこだったか忘れてしまいましたが西高柔道部が冬の遠征試合に出かけたことがあり、その時、試合の後に出てきた豚汁がまたまたうまかった!試合に負けた悔しさとあの柔らかい豚のうまみが青春の一撃となって、心に焼き付くことになるのです。その後、ぼくは35歳から映画監督なんかもやるようになりますが、撮影が長引くと、夜食でよく豚汁が出てきました。やはり寒い冬の撮影の時なんかにドラム缶の火を囲んでスタッフと食べた豚汁は、まじ、忘れられないごちそうでした。
もちろん、フランスに豚汁はありません。そして、フランス料理と豚汁は見事なほど、相性が悪いですね。ある時、フランス人の友人が「豚の味噌汁を日本で食べたことがあるけど、あれはうまかった、あれがもう一度食べたい」と言い出したのです。「寒い日だったから、ものすごく心に染みたんだ、ムッシュ」
「それは豚汁というんだよ。いいだろう、作ってやろう」
しかし、せっかくフランスで出すので、ちょっとだけアレンジして、フランス人の口にあう全く新しい豚汁を創作してみたところ、これが、豚汁を食べたことのないゲストにも大受けで、彼らは「トンジル」と大騒ぎして帰っていくことになるのです。
実は、フランス料理によく使われる「ティムート」と呼ばれるスパイスがあります。最近では、チョコレートとかケーキなどにも使用される胡椒ですが、花山椒とか四川胡椒とか中国の刺激の強いスパイスにも通じるところがありますね。これを隠し味で入れてみたのです。あと、ちょっとバターも使います。数滴、生クリームを垂らしてもいいですね。豚以外の野菜はその時の旬のフランスの根菜などを使うのですが、ぼくが必ず入れるのは、フヌイユ(ウイキョウ)です。なかなか悪くないですよ。もはや豚汁ではなく、トンジルなのですが、フランスで進化を遂げた豚汁、今日はぜひ、皆さんと一緒に作ってみたいと思います。
豚バラ肉 | 50g |
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にんじん | 1/3本 |
紫玉ねぎ | 1/2個(小) |
ズッキーニ | 1/2本 |
ウイキョウ | 1/3株 |
かぶ | 1/2個 |
お好きなきのこ | 少々 |
アスパラガス | 2本 |
味噌 | 大さじ1 |
だしパック | 1個 |
みりん | 小さじ1 |
オリーブオイル | 大さじ1 |
バター | 10g |
ティムート胡椒 | 少々 |
すべての食材を一口サイズの薄切りにする。ココット(1人用10cmサイズ)にオリーブオイルをひいてアスパラ以外の材料をすべて炒めます。
野菜がしんなりしたらひたひたになるまで水を加え、だしパックを入れて、10分ほど煮てください。あまり煮すぎないのがポイントです。
みりんを加え、味噌を溶かし、味をみる。アスパラは別にゆでて、あとからのせてくださいね。彩りとアスパラの風味が豚汁をさらに別次元へと連れていきますよ。味噌が負けないように、気持ち濃いめに仕上げてください。
食べる寸前にバターをのせ、ティムート胡椒をふりかけ、バターを溶かしながら食べる。
最高なんです。フヌイユとティムートとバターと味噌と豚の織り成す意外なハーモニー、四川風札幌味噌バターラーメン?ああ、それ、おしいけど、確かにそんなイメージです。ボナペティ!
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac