辻仁成さんの青春のエピソードから生まれたスープとは?作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
このスープは、とあるぼくの甘酸っぱい青春の歴史からヒントを得て考案したスープなのです。それは今から、40年前、ぼくが成城大学の学生だった頃に遡ります。当時、ぼくはプロのミュージシャンを目指しておりましたが、同じ大学の仲間に、チョッパー佐藤という風変わりな男がおりまして、チョッパーベースってわかりますか?80年代に流行った、親指と中指を使って、叩くようにベースを弾く奏法のことで、ダンサブルなナンバーでよく使われておりましたね。
そのチョッパー奏法を弾かせると右に出る者がいないと成城大では恐れられていた学生が佐藤君で、お坊ちゃん大学ではありましたが、ミュージシャンは貧しく、食べるものがなくなると、お互いの家を訪問しあって、なんか食わせろ、と互助会的な同士でもあったわけです。前ふりが長くなりましたが、その佐藤君が、ある日、うちにやって来まして、
「辻~、死にそうだ。なんか食わせてくれ。電車代もないので、ここまで歩いてきた」
と叫んで玄関で倒れたのです。大げさな奴なんですねェ、ベースと一緒で。
で、仕方がないから「なんか食わせてやろう」と思って冷蔵庫をあけたら、これが、見事に空っぽ。ただ、でっかい玉ねぎだけがどーんとありました。大きな玉ねぎで、多分、新玉ねぎだったと記憶しているのですが、当然、これを食おう、ということになりますよね。で、鍋の真ん中にこれを置いて、水をひたひたに入れて、ブイヨンを一個ぶちこんで、蓋をして、一時間くらい待ったのです。
そしたら、玉ねぎなんですけど、何か、おなかがすきすぎた幻覚でしょうか、白い肉の塊のようにも見えるし、ふかした肉まんのようにも見えるじゃないですか。大きな皿にそれを移し、飢餓状態の二人で両脇からスプーンを突き刺して食べたのですが、え?これが、驚くほどに、美味かった。美味しい、ではなく、美味い!
「美味いなぁ、佐藤」
「おお、辻、これは超美味いぞ」
涙を流しながら、二人で食べた思い出があります。
85年、ぼくはECHOESのメンバーでデビューし、佐藤君はスタジオミュージシャンになったと記憶していますが、その後の行方はわかりません。80年代のダンスナンバーを聞くと、まず最初に脳裏をよぎるのが、玉ねぎの丸ごとスープの絵だという、どうでもいい話でしたね、えへへ。ここまで、お付き合い頂きありがとうございます。
ということで、それから40年の歳月が流れました。新玉ねぎの季節ですし、あのスープを再現してみようと思いたちます。でも、そのままというわけにはいきません。創意工夫をこらしてみました。健康が求められる時代ですからね、玉ねぎを丸ごと食べるというのは、この「食べるスープ」というコンセプトにピッタリなので、そこは生かしつつ、ちょっとdancyu感を漂わせるために、僅かな肉気と野菜を添えて、胃にも心にも優しい新玉ねぎと古代麦(古代小麦)のコラボレーションを創造したのでした。
ところが、作ってびっくり。これが、40年前の感動を超えて、21世紀の今、ぜひ食べて頂きたい、まさに「食べるスープ」の真骨頂となったのです。見た目も凄いですが、古代麦に染みる玉ねぎのダシ感が半端ありません。健康食ブームの先駆けになるようなスープ、ぜひ、お試しください。
玉ねぎ | 3個 |
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ベーコン | 50g |
古代小麦 | 50g |
グリーンピース | 30g |
にんにく | 1片 |
オリーブオイル | 大さじ1 |
チキンブイヨン | 1個 |
塩 | 適量 |
胡椒 | 適量 |
グリーンピースはゆでて、ゆで汁に浸したまま冷ましておいてください。
それでは、つくってみましょうね。まず、ココットにオリーブオイルをひき、弱火で潰したにんにくの香りを出したら、ベーコンと古代麦を加え、軽く炒めます。
玉ねぎの皮をむき、ヘタの部分を切って(※超重要事項。ヘタは切り過ぎると玉ねぎに火が入ったときに芯が飛び出てくるので髭の部分だけを切り取ってください)。ココットに玉ねぎを並べたら、ひたひたになるまで水とチキンブイヨンを入れます。ここは40年前と一緒ですね。弱火でじっくり1時間半ほど煮込む。個体差がかなりある野菜ですから、様子をみながら煮込み時間を調整してくださいね。つんつん、上から押してみると、中までの火の通りがだいたいわかります。見た目にも透明感が出てきたら、いい感じ。
塩胡椒で味を調えたら完成となります。
スープ皿に玉ねぎ以外の具を敷き、その上に、玉ねぎを丸ごとのせます。ホテルのような感じで、スープをかけてお召し上がりください。これは、40年前にはありえないシチュエーションでした。でも、光陰矢の如し。新玉ねぎと古代麦のコラボは、まさに健康第一の現代スープということになります。これがうまいんだなぁ。笑。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac