とっても簡単なのに、美味しくお腹が満たされるというアホのスープとは、いったいどんなスープなのでしょうか?作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
アホと言っても、あの阿呆のことじゃなく、ニンニクを意味するスペイン語です。今日、ご紹介する食べるスープは、まさに、お腹を空かせた貧しい羊飼いたちが胃を満たしたいがために、硬くなったパンを入れて胃を膨らませたというスープ。なので、残念ながらゴージャスな料理ではありません。作るのも本当に超簡単、料理とは言えないレベルですが、これが馬鹿に出来ない満腹感と最高の至福を連れてきます。日本だとバゲットが高級品ですから、パンであれば食パンでもなんでも構いません。
ぼくがこのスープに出会ったのは15年ほど前のこと、前の日にバゲットを買い過ぎて一本まるまる残ったことがあったのです。管理人さんがスペイン人で、たまたまキッチンの水漏れ工事が入っており、(とにかくフランスのアパルトマンはよく水が漏れる。現在五カ所で水漏れ中!)、「買い過ぎて、硬くなっちゃったよ」とバゲットを指さして言ったら、教えてくれたのが、このアホスープでした。スペインのバルなんかにもあるので、旅に出て小腹がすくとよくこれを食べていました。まさに、食べるスープの名にふさわしい一品です。
材料がニンニクとパプリカ粉とパンと卵だけですから、不安になりますが、出来上がるとこれが実に美味い!最初のパプリカ投入までのルーの手順は、ハンガリーのグーラッシュを思わせます。欧州の伝統的手法を踏襲した庶民のスープでして、腹も満腹になるし、身体も温まるし、ニンニクが食欲をそそるし、落とした卵とスープの相性抜群で、辻家では、スペインおじやスープと呼んでいます。なんか、食感がまさにおじやなのです。「パパ、スペインのおじやスープ食べたい」と小さかった息子によくせがまれたものです。息子がたまに間違えて、オヤジスープというので爆笑でした。
日本のおやじが作るスペインのおじやスープって、植野編集長みたいな駄洒落ですが、実は「次回はソパ・デ・アホを作って」と編集長にせがまれたのです。ええ、あれ?お口の肥えたdancyu読者の皆さんにはあまりにシンプル過ぎないか心配でしたが、思い出してちょっと作ってみたら、いやこれが、実に、美味い!簡単!材料費かからない!の三拍子が揃ったのでした。
というわけで、今日はスペインの食べるスープ、ソパ・デ・アホの登場となります。最初、水に浮かんだパンを眺めて、めっちゃ不安になりますが、ぼくを信じてください(笑)。コトコト、30分ほど煮込むこと、そして、落とした卵の蕩ける黄身とスープが奏でる羊飼い的ハーモニーによって、そのお金のない貧しい庶民の味が、カスティーリャ地方の草原で屯する羊たちを眺めるような感動へと私たちをいざないます。牧人のスープ、じゃあ、一緒に作ってみましょう。
にんにく | 10片 |
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ハモン・セラーノ | 100g |
パプリカパウダー | 大さじ1 |
オリーブオイル | 50ml |
パン | 120g(できればバゲット) |
水 | 1L |
チキンブイヨン | 2個 |
ローリエ | 1枚 |
塩 | 適量 |
胡椒 | 適量 |
ポーチドエッグ | 1個 |
パセリ | 適量 |
にんにくは潰して、粗めのみじん切りにする。ハモン・セラーノを細切りにする。
ココットにオリーブオイルを入れ、にんにくを加えて弱火で香りを出す。にんにくが透明になってきたら、ハモン・セラーノをまず50gを加えてなじませ、パプリカパウダーも加え2分ほど弱火で炒める。
2にパンをちぎって加えざっと混ぜ合わせたら、水1L、チキンブイヨン、ローリエを加え、パンを崩しながら30分ほど煮込む。
3に残りのセラノハムを加え、また10分ほど煮込む。よく煮込むことが大切です。はじめに加えたハモン・セラーノはだしとなってしまうので、2回に分けると肉の感じが残って食べがいがあります。味見をし塩、胡椒で味を調える。
器に盛りつけポーチドエッグをのせ、パセリを散らす。
半熟の卵とトロトロに溶けてパン粥のようになったスープを召し上がれ。ポーチドエッグが面倒くさい場合、実はスペインのおばあちゃんたちは、そのまま鍋に卵を落としています。家族分の卵を落とす場合は、くっつかないように、ソーシャルディスタンスをとって、落としてくださいね。パセリのみじん切りなどをお好みで散らして雰囲気と香りを楽しみましょう。ボナペティ!
文:辻仁成 写真・協力:Miki Mauriac