砕いた粒胡椒の、香りと食感がインパクト大!でもシンプルなレシピのビーフステーキです。「胡椒は、魔物です。間違った使い方をすると、とんでもないことになる」と、その料理哲学に信奉者の多い谷昇シェフは語る。「塩・胡椒」とセットで使うなんてもってのほか。胡椒の特質を知ってこそ、使う意味あり。谷シェフ、胡椒との付き合い方を教えてください!
胡椒にあまり頼らないフレンチでも、例外はある。「ステーク・オ・ポワブル(黒胡椒のステーキ)というこの料理の場合、名前に胡椒とつくくらいですから、恐ろしいほど(笑)たっぷり使います」。砕いた胡椒のインパクトを味わうのが、何よりもこの料理の醍醐味なのだ。
「胡椒を噛んだときに『カン!』という鮮烈な香りが得られるよう」に、肉を焼く前に粒を砕いて、表面にたっぷりとまぶす。いざフライパンで加熱すると、鼻を突き刺すような香りと、目にしみる刺激が立ち上る。ポークソテー同様、苦味やえぐみ、焦げ臭さを出さないよう、強火で手早く火を通すことが鉄則だ。焼いた後、胡椒をざっと払い落とす。「肉につけたいのは、香り。もったいないからと、まぶしたまま食べないように。辛すぎて、むせてしまいますよ(笑)」。
黒胡椒のステーキといえば、最初の師匠、アンドレ・パッションさんを思い出す。「銅鍋の底で大量の粒胡椒を豪快に砕いていた姿が、ただただ、かっこよかった!」と、シェフは興奮気味に語る。「厨房中に響くバチバチという音や胡椒の香りは、小僧だった僕にとって刺激的で感動的でしたね」。40数年前に見た光景ですが、ずっと脳裏に焼きついているそうだ。「だから、今でも『鍋底で胡椒を砕く行為』が好き(笑)。理屈じゃないんです」。
牛ロース厚切り肉 | 1枚(400g) |
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塩 | 3.2g |
黒胡椒 | 20g |
オリーブオイル | 大さじ1 |
牛肉は室温に戻す。両面に塩をふり、肉に塩分が浸透して表面に水分が浮いてくるまで30分ほど置く。
黒粒胡椒を大きめのバットに平らに広げ、鍋底を押し当てて、てこの原理で砕く。
音がしなくなったら、だいたい砕けた証拠。写真のような感じに。適当な鍋がない場合は、肉叩き、または麺棒でつぶす。
胡椒を肉の両面に満遍なく貼りつける。
フライパンにオリーブオイルを入れて強火で熱し、盛りつけたときに上になる面を下にして牛肉を入れて焼く。焼き色がついたら裏返し、裏面も同様に焼く。
バットなどに取り出し、切ったときに肉汁が流出しないように少し置いて落ち着かせる。表面についた胡椒を包丁で払い落とす。
肉を筋のところで部位別に切り分けてから、食べやすい大きさに切って器に盛る。
焼き加減はミディアムレア。牛肉の赤身と脂の旨味が口の中で溶け合う最中に、奥歯でガリッと噛み砕いた胡椒の香りが一気に広がる。
1952年東京生まれ。都内のレストラン勤務、二度の渡仏などを経て、1994年に「ル・マンジュ・トゥー」を開店。現在オーナーシェフとして日々、厨房に立つ。お気に入りの胡椒挽きはプジョー製。「ツール・ド・フランスのファンだからね(笑)」。
文:佐々木香織 写真:鈴木泰介
※この記事の内容はdancyu2017年9月号に掲載したものです。