第二回目は、フランスでもちょっと特別な春のスープをご紹介。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻 仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんが語る、やさしいご馳走である“パリ・スープ”のレシピです。
さて、春を代表するフランスでもっとも有名なスープと言えば、プティ・ポワのスープです。フランス人にとってこのスープはちょっと特別な存在でもあります。
プティ・ポワは日本で言う「エンドウ豆」のこと。フランスでは野菜の中でも高級品と言えるでしょう。今日使う300gのエンドウ豆は近所の八百屋で8.5ユーロ、千円ほどします。
エンドウ豆と言えば、子供の頃、よく母親に「ひとなり、おまめさん、やるよ」とよく呼びつけられて「豆剥き」を手伝わされたものです。エンドウ豆の英語表記はグリーンピースですが、日本の子供はなぜかグリーンピースは苦手ですよね。なんとなく素朴でぼさぼさしているからでしょうか、これがスープになるとこんなに美味しくなるのか、と渡仏したばかりの頃に大感動した覚えがあります。
もちろん、フランスのエンドウ豆のみずみずしさもあるのですけど、実は伝統的なレシピに秘訣があります。エンドウ豆とバターの相性が抜群で、渡仏直後、レストランの人に言われなければエンドウ豆とは気づきませんでした。今回は新玉ねぎも加えて、さらに春感を強く引き出したレシピにアレンジしてあります。季節のスープなので、鞘付きのえんどう豆をちゃんと八百屋で買って、きちんと剥いて作りましょうね。
では、“パリ・スープ”の第二弾、プティ・ポワのポタージュになります。
プティ・ポワ | 350g(うち飾り用50g) |
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スプリングオニオン | 1個(70g) |
じゃがいも | 50g(メークインなど) |
水 | 300ml |
牛乳 | 50ml |
生クリーム | 100ml |
バター | 20g |
塩 | 小さじ1 |
胡椒 | 少々 |
オリーブオイル | 少々 |
まず、飾り用のプティ・ポワを茹でておきます。小鍋に水を500mlくらい沸かし、塩小さじ1(分量外)を入れ、プティ・ポワを5分ゆでます。ゆで汁を別の器に残し、一度プティ・ポワを水で冷やしてから、冷ましたゆで汁にプティ・ポワを浸して、置いておいてください。
ココットにバター10gを溶かし、細切りにしたスプリングオニオン、じゃがいも、塩を加えて弱火でSuer(シュエ)します。シュエとは、フランス語で「汗をかく」という意味の言葉で『低めの温度で野菜を炒め、野菜に汗をかかせる』こと。焼き色をつけず、野菜にもともと含まれる水分を外に出し、味を凝縮させるのが目的となります。
良く火が通ってオニオンがトロトロになったら、プティ・ポワと白ワインを加え、蓋をして5分ほど蒸らし、蓋を取って、全体を弱火で5分ほどシュエしてください。水を加え、15分ほど煮ます。水が蒸発していくので、絶えず材料がひたひたになるよう少しずつ足していってください。
プティ・ポワが柔らかくなってきたら火からおろし、ハンドブレンダーでよく潰してなめらかなピュレ状にしていきます。ここがまさにスープをつくる醍醐味、最終コーナーを曲がり切るような臨場感あふれる場面となります。濃厚で豊かな香りにキッチンが包まれるので、幸福の場面とぼくは個人的に名付けている瞬間でもあります。幸せになりますよ。牛乳と生クリームを加え、弱火で温めましょう。
バターを加え、塩で味を調えたら、お気に入りのスープ皿にスープを注ぎ、飾り用のプティ・ポワ、オリーブオイル(分量外)を繊細に点在させ、最後に胡椒をのせて完成となります。見た目はとってもシンプルですけど、スープの鮮やかな緑、豆の深い緑、オリーブオイルのうっすらとした透明な緑が見事に織りなし、アンリ・マティスなどのフランスの抽象画のように、心を踊らされるスープ芸術の一皿に仕上がるはずです。お愉しみください。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac