作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻 仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんが語る、やさしいご馳走である“パリ・スープ”のレシピを紹介していただきます。
長い歴史を携え、古くより欧州文化の中心地であり、食の都でもあるパリには、当然、世界中から美味しいものが集まり、人々の交流と共に食文化も混ざり合って、他国では決して味わうことのできないパリならではの凝縮された味が育ってきました。世界各地の料理が一流の料理人によって提供されていますし、見たこともない食材が市場には積み上げられているのです。欧州の食材のみならず、アラブ、アフリカ、ユーラシア大陸、遠くアジアから、美味しいが押し寄せてくる食の交差点がここパリ。
パリで暮らしだして18年目になったぼくがここパリでここ最近、心と舌を奪われ続けているのが、実は、スープなのです。パリで味わうスープのバリエーションといったら驚くほどに多種多様で、それらがフランス人によって実に国際的にアレンジされ、もはやスープと呼ばれるカテゴリーを超越しているものさえ存在します。
フランス人は「スープを飲む」とは言いません。興味深いことに、彼らは「スープを食べる(manger de la soupe)」と表現します。面白いですね。でも言われてみると腑に落ちるのが、フランスのスープは結構食べ応えのあるものばかり。ぼくは、栄養素も高く、食材のエキスを濃縮した、このパリ・スープをランチの中心に据えて健康管理にいそしんでいます。
ということで、新連載が始まりました。これから月二回、季節ごとに、その時々の食材で作る美味しい辻流パリ・スープをご紹介したいと思います。こんなスープがあったのか、という驚きと共に、パリで受け継がれてきた、さらにはパリで進化を遂げた世界のスープのレシピを皆さんにお届けしたいと思います。
さて、記念すべき第一回は、この時期、マルシェの八百屋で白い塔のように聳え、ひと際目を引くホワイトアスパラを使ったスープにいたしましょう。フランスでは春ともなればどこの家庭の食卓にも、どこのレストランのテーブルの上にも、このホワイトアスパラが添えられます。抗酸化作用もあり、疲労回復作用もあり、貧血予防にも適しているホワイトアスパラは、まさに栄養の宝庫ですね。身体にいい上に、とっても美味しいのですから、フランス人に大人気なのは頷けます。今回は、ブイヨンを一切使わず、ホワイトアスパラの旨味だけをフランス式で抽出し、シンプルで美味しいスープのレシピとしてまとめました。しかし、ご安心を。思ったよりも簡単にできるので、春の定番メニューに加わること請け合いです。
ホワイトアスパラ | 300g(正味) |
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じゃがいも | 100g(できれば、メークインなど) |
エシャロット | 1個(なければ玉ねぎ小1/2個) |
水 | 300ml |
白ワイン | 大さじ1 |
レモン汁 | 小さじ1 |
生クリーム | 50ml |
オリーブオイル | 大さじ1 |
塩 | 適量 |
粗挽き黒胡椒 | 適量 |
まず、ホワイトアスパラをきれいに洗います。表面が筋っぽいので皮むき器を使いますが、頭から下に向けするするっと削っていくと、根元から3cmぐらいのところで自然に引っ掛かって止まります。それより下は硬いので、ここを目安に切り捨て、皮をむいた部分を2cm程度にカットしていきます。じゃがいもも同じように洗い、皮をむいて同じくらいの大きさにカットしておきましょう。
鍋にオリーブオイルを入れ、みじん切りにしたエシャロット(または玉ねぎ)、じゃがいもとホワイトアスパラを加え、塩をひとつまみ加え10分くらい根気よく ≪ suer (シュエ)≫します。Suer(シュエ)とは、フランス語で「汗をかく」という意味の言葉で『低めの温度で野菜を炒め、野菜に汗をかかせる』こと。焼き色をつけず、野菜にもともと含まれる水分を外に出し、味を凝縮させるのが目的です。スープづくりに欠かせない大事な工程となります。
10分ほどしっかり汗をかかせたら、白ワインを加えアルコール分をとばし、水とレモン汁を加えて20~25分ほど煮込んでください。フォークでアスパラを刺してみて、すっと通ればいい状態。
ハンドブレンダーでなめらかになるまでよくつぶし混ぜてください。生クリームを加え、再び軽く温め、塩で味を調えたらほぼ出来上がりとなります。※生クリームは風味をとばさないように、最後の最後に加えましょう。
浅めのお皿にスープを盛り、ポーチドエッグ(分量外)を中央に置き、シブレット(分量外)、粗挽き黒胡椒、オリーブオイル(分量外)などをかければ完成となります。冒頭で述べましたように、「スープを食べる」と言う意味がよくわかる仕上がりになっていますよ。ブイヨンを使わないので、ホワイトアスパラの風味が100パーセントそのまま濃縮されています。まろやかな甘さは他の野菜では味わえない繊細な旨味が充満していますが、その中にほろ苦さを感じるのがホワイトアスパラの特徴です。栄養豊富で、立派な一食となったホワイトアスパラのヴルーテをお愉しみください。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac