甜麺醤で甘く調味した挽き肉と、豆板醤の辛味と香りをまとわせたごはんが、絶妙のコントラストを生む。魂を揺さぶるような辛さとふくよかな旨味を併せ持つ、未知なる炒飯の扉を開こう!
炒飯に胸が高鳴るなど、そうあることではない。だが、この店は違う。
厨房から漂い流れる、甘く痺れるような芳香に包まれて目の前に運ばれてくるのは、美しい麻辣色にしっとり輝く“四川炒飯”だ。米のひと粒ひと粒にしみ込んだ豆板醤の爽やかな辛味と、挽き肉のコクのある甘味。それらが渾然一体となってインパクトのある味を醸し出し、食事の締めを祝うべく歓喜のラッパが鳴り響く。
「四川炒飯は何といっても香りが大切。最初に中華鍋で豆板醤をよく炒め、その香りをしっかりごはんに移します」と話すのは、菊島弘従シェフだ。
豆板醤は焦げやすいため、仕上げに加えるところも多いが、それではただ辛いだけ。きちんと炒めて香りを立たせることで、目が覚めるような辛味と爽快な香りがもたらされるという。
具材は豚挽き肉、ねぎ、高菜に似た中国四大漬物のひとつ、芽菜(ヤーツァイ)そして卵。一見、シンプルな四川炒飯のおいしさの秘密は、実はこれらの丁寧な下ごしらえにある。
まず、挽き肉は生姜汁、紹興酒、白胡椒を加えて手でもみ、スープで煮るようにして水分がなくなるまで炒めて、甜麺醤で調味しておく。
「ここで油を使うと、肉が硬くパサパサになってしまいます。純粋に豚の脂だけで炒めることでコクのある旨味が生まれます」
辛味が際立つ四川料理は、そこに旨味と甘味を上手にプラスするのがコツ。しっかり下味がついてそぼろ状になった甘い挽き肉は、麻婆豆腐の具にも使われ、これだけでも立派なごはんのおかずになるほどだ。
もうひとつのコツは、ねぎの切り方。菊島シェフは表と裏に斜めに包丁を入れ、ねぎを蛇腹状にしてから小口切りにする。「こうするとねぎがパサパサにならずに柔らかく、いつまでも瑞々しいんです」。
さらには香りも立ち、ごはんとしっとりなじむ。まさにいいことずくめなのだ。
あとは焦げないように中火で炒めよう。あらかじめ温かいごはんに卵液の3分の1をまぶして、ほぐしておけば時間も短縮。中華鍋の鍋肌にごはんを押しつけ、焼いてはほぐすを繰り返すことでパラパラの食感に。最後に紹興酒とスープを加えて、ふんわりと仕上げる。
「広東では強火でつくりますが、四川料理はもともと家庭料理から発展したもの。だから家庭の火力でも十分おいしくできますよ」
いざ参らん、灼熱の炒飯へ!
ごはん | 250g(炊きたて) |
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溶き卵 | 1個分 |
豚挽き肉 | 30g |
A 生姜の搾り汁 | 小さじ1 |
A 紹興酒 | 小さじ1 |
A 白胡椒 | 小さじ1 |
長ねぎ | 15cm程度(白い部分) |
芽菜 | 小さじ1(塩抜きしてみじん切り) |
白絞油 | 適量 |
鶏ガラスープ | 大さじ2~3 |
甜麺醤 | 小さじ2 |
豆板醤 | 大さじ1 |
紹興酒 | 適量 |
鶏ガラスープ | 少々 |
※芽菜は四川省の代表的な漬物。代わりに塩抜きした高菜漬けを使ってもよい。 |
ボウルに挽き肉を入れ、Aを加えたら、手でもみ込むようにして、肉全体に味をよくなじませておく。
中華鍋を中火にかけ、鶏ガラスープを入れる。沸騰してきたら、下ごしらえした挽き肉を投入し、全体を混ぜながらほぐし、煮るようにして炒める。水分がなくなってきたら甜麺醤を加えて混ぜ、香りがよく出るまで炒めて別の器にとっておく。
長ねぎを3分の2の深さまで、幅1mmの斜め切りにする。裏返して同じように、斜めに切り目を入れていく。
蛇腹状に切ったねぎを、端から小口切りにしていく。
ボウルにごはんを入れ、溶き卵の3分の1を加えて、手でよく混ぜる。
中華鍋を強火にかけ、煙が出るまでよく焼いたら油を加えて鍋全体にならす。油の量は大さじ2が目安。中火にして、豆板醤を加えて炒める。芳ばしい香りが立ってきたら、残りの卵液を入れ、すぐに卵をからませておいたごはんを加えて全体を混ぜ、よく炒め合わせる。
鍋肌にごはんをお玉の背で押しつけるように焼き、鍋をあおってごはんをほぐしながら炒める。これを繰り返す。米がパラパラになるまで手早く炒めよう。
1の挽き肉と芽菜を加えて全体を混ぜ合わせる。紹興酒、鶏ガラスープを鍋肌から回し入れる。
3のねぎを加えて全体を混ぜ、さっと炒めれば完成だ。
四川料理の名店『趙楊』で料理長を務め、趙楊氏の四川料理を学んだ後、2010年に四谷三丁目に「四川料理 蜀郷香」をオープン。「味と香りにインパクトがある“四川炒飯”は食事の締めにぴったりですよ」とお薦めしてくれました。
文:瀬川慧 写真:久保田健