
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、芝浦の二大内臓卸「田島健次商店」と「樺澤商店」から肉を仕入れる、麻布十番の「麻布苑」だ。どちらも焼肉店から厚い信頼を寄せられる内臓卸。そんな2軒から同時に仕入れる異例の体制を築き、料理長の柳野友明さんが素材の持ち味を見極め、手をかけすぎずに旨さを引き出している。シマチョウはミディアムレアで、希少部位の「左の白ヤン」も登場。素材への理解と確かな仕込みが生む、麻布十番の新たな焼肉店の魅力に迫ります。
東京の焼肉好きの話題は、いまこの店のことばかりだ。8月18日のオープンからわずか1ケ月で予約が殺到し、焼肉好きの食いしん坊が続々と訪れるようになった。
とりわけ話題になっているのは卸元だ。昨今、芝浦食肉市場で評価の高い内臓卸「樺澤商店」と「田島健次商店」という2軒から同時に肉を仕入れている。これまでの常識ではありえない仕入れに焼肉界隈も騒然としている。
田島健次商店は本連載にも登場した「ホルモンコウ」(荻窪)や「焼肉ここち」(高円寺)の内臓卸。樺澤商店は川崎の「炭火焼肉ホルモンさわいし」(武蔵新城)と付き合いが深いことで知られる。どちらも焼肉店なら喉から手が出るほど魅力的な内臓卸だ。

だがいい素材を仕入れられても、素材への理解がなければいい仕込みはできないし、いい仕込みがされなければ、肉はおいしくならない。焼肉をおいしくするのはいつの時代も信頼関係だ。
「数年前、樺澤さんで肉の修業をしていた若者がうちの元になる焼肉店『思食(おぼしめし)』でもアルバイトしていて、そんな縁もあって取引が始まりました」と語るのは料理長の柳野友明さん。確かな技術を持つ肉職人だ。
焼肉店の店主は状態のいい肉を見ると「よく乾いてるなあ」とにんまりしたりする。肉を焼くとき、水分は焼き目がつくスピードを遅らせる。薄切りを焼く焼肉において、それは致命傷にもなりかねない。樺澤商店などは「無水タン」「無水ハラミ」と謳っていて、処理工程で一切の水分に触れさせないという。



麻布苑のタンは塩胡椒のみ。ハラミも塩とわさびのみと潔い。柳野さんは「せっかく水を使わずに仕上げた樺澤さんや田島さんの肉を塩ダレにくぐらせるのはもったいない」といって提供直前に塩を振る。素材への理解があるからこそ、手をかけすぎない。
「今日のタンは樺澤さんだけど、すごく締まってるでしょう。ほら触るとカチカチ。これくらい水分が抜かれているから、焼き上げるとパリッ、サクッ、ジュワッと仕上がるし、肉の味も濃厚。樺澤さんのタンはタン下まで旨味が濃いんですよ」(柳野さん)
焼肉事情に詳しい人にとって樺澤商店と言えば、極上のハラミと黒タン。だが「ご本人は『僕の真骨頂は白物』だと言うんです」(柳野さん)と言う。しかも普通のシマチョウとは焼き加減も異なるという。これは注文しないわけにはいかない。



くっきりと深い縞模様の腸壁に、透きとおるような乳白色の腸管脂。見た瞬間に惚れ惚れしてしまう。そしてこのシマチョウは焼きすぎ厳禁。
まずは皮(腸壁側)からロースターの強火にさらす。炎が立ち上るのもお構いなしに軽い焼き目をつけたら、すかさず裏返す。脂側から滴る脂に炎が立ち上るが、気にせず何度も炎をくぐらせる。炎をくぐらせ、ミディアムレアで引き上げると、未体験のサクサクとした食感の奥から澄んだ脂のコクがやってくる。これは食べなければわからない。
一枚を塩で食べたあとは、自家製のおろしポン酢にたっぷりとつけて、最後にまた塩で締める。透明感のあるプリップリの脂と腸壁のサクサクした食感は、塩で食べればこれ以上なく美しく、ポン酢で食べれば無限に食べられそうな爽快感に満ちている。
ちなみにこの自家製ポン酢は特選ロースのつけダレとして提供されるもの。赤身は「手に入る限り、(32~36ヶ月の長期肥育で知られる岩手水沢牛の)佐々木譲さんの肉をお願いしている」という。味わいの乗ったサーロインをサッと炙り、柑橘が豊かに香るポン酢にダイブさせ、口から喉へと流し込む。濃厚かつ爽快なサーロインが喉を滑り落ちていく。至福だ。

そしてここには、田島健次商店だけのメニュー「左の白ヤン」がある。牛のハチノス(第2胃)とセンマイ(第3胃)の間にあるヤンは一頭から50~100g程度しか取れない正真正銘の希少部位。そのなかで軟らかい「左側」だけを集めたメニューだ。ヤンはハチノスに近い左側だけが軟らかくて旨味がある。そう見極めた田島健次商店が左側だけを集め、しかも黒い層を取って届けてくれる代物だ。2頭分で1人前。10頭分の入荷があっても、5組しかありつけない幻の味だ。
この店が好ましいのは、これほどのメニューをアラカルトで提供しようという心意気だ。となればこちらも最後まで肉で駆け抜けたい。ラストスパートには伴走者――白飯が必要だ。いつも炊きたてが提供される米は、岐阜県下呂市の曽我康弘さんが育てる「銀の朏(ぎんのみかづき)」。粒が大きく、ハリがあり、甘やかな米を、1台10万円の炊飯器3台をフル回転させ、常に炊きたて提供し続けている。
この輝く白飯に合わせるはにんにくダレの赤身ヒレ。和牛の真っ赤なヒレを、すりおろした国産にんにくのタレに浸けて供する。ロースターのセンターで両面を焼き、提供皿のタレに戻してタレを2度漬け。これを3度ほど繰り返して、中までじんわり温まったら、白飯の上へとダイブ! 茶碗を持ち上げてかっ込めば、口のなかで絡み合う柔らかなヒレと弾力豊かな米が、何度でも幸せを連れてくる。
真剣な内臓卸が真剣な焼肉店に肉を託し、店はその肉を活かしきるような仕事を施してを客に手渡す。麻布十番で焼肉を食べるならそのバトンを受けるつもりで向かいたい。

文・写真:松浦達也