
編集部が注目する、おいしくて居心地のいい店をご紹介する連載「いい店見つけた!」。第14回は、寿司もおばんざいも気軽に楽しめる「すしとおばんざい酒場ゑんがわ」。一人飲みから子供連れまで、誰もが肩肘張らずに楽しめる一軒です。代々木上原に誕生した、新しい町の酒場をご紹介します。
代々木上原は、名店の密集地帯だ。自然派ワインとビストロ料理が楽しめる「ル・キャバレ」や水餃子が名物の「按田餃子」に、オーセンティックバーの老舗「カエサリオン」。そのほかにもイタリアン、中華、和食と、あらゆるジャンルの有名店が軒を連ねる。そんななか、今までこの街にありそうでなかった寿司酒場が登場した。

店主の柏木寛之さんは、初台の町寿司「宗達」で修行を積んだ寿司職人。妻の由夏さんは代々木上原駅前の居酒屋「まるしゑ」の調理場を切り盛りしてきた料理人だ。二人は、飲食業のプロであると同時に、この街を飲み歩くプロでもある。代々木上原在住歴十数年。それと同じだけの年月をかけて、近所を飲み歩いてきた。そんな二人が、「この街にこんな酒場があったら毎日通うだろう」と考えて開いたのが、「すしとおばんざい酒場ゑんがわ」だ。
だから、この店は酒好きのツボを心得ている。部屋着でも入れるような居心地の良さ。豊富なメニュー。そのうえ、寿司は88円〜888円、おばんざいは88円〜777円と、日常遣いできる手頃な価格設定。酒はビール(生、瓶、両方あり)に日本酒、焼酎、自家製のレモンサワーやお茶割りと、ぬかりないラインナップだ。しかもお茶割りは静岡の掛川茶を使っていて、抜群に美味しい。さすが寿司屋である。
そして、この店の良さは、寿司もおばんざいも好きなタイミングで自由に頼めること。いきなり握りを2〜3貫食べて「お寿司を食べたい欲」を満たしてから、その後に野菜料理をつまみながら日本酒を飲むのもアリだ。というわけで、今回はいきなり赤身とエビマヨ、生タコを一貫ずつ注文。

目の前で寛之さんがシャリを手に取り、手早く一貫を握る。そして、カウンターにあらかじめ置かれた付け台に、すっと握りたての赤身を差し出した。その赤身の美しさといったら! 色鮮やかでハリとツヤがあり、新鮮さと下処理の丁寧さが伝わってくる。聞けば、佐渡の『マルヨシ鮮魚店』から直送とのこと。早速口に入れてみれば、身が引き締まっていて弾力があり、噛むほどに旨味が口の中に広がっていく。こんなに気楽に過ごせる雰囲気の酒場で、本格的な寿司を味わえるなんて。

生タコも、赤身と同じく佐渡から直送。瑞々しさとプリプリの食感を兼ね備えていて、タコ好きにはたまらない。お造りで注文しても良さそうだ。
ちょっと珍しいのが、エビマヨ。エビとシャリの間に自家製マヨネーズとわさびを丁寧に塗りこんでいる。豆乳をベースにした自家製マヨネーズが、赤酢のシャリとネタを見事につなぐ。「回転寿司で子供が好みそうなものを、真面目な町寿司のメニューとして完成させたかったんです」と、寛之さん。「だから、お子様連れの方には、サビ抜きでエビマヨをおすすめすることもあります」。
実はこの店、子供連れも大歓迎。「ベビーカーもOKです。密かに願っているのは、小学生や中学生にも気軽にトロを食べてもらうこと。この店で、本物の魚の味を覚えてくれたら嬉しい」と、寛之さんは話す。
先に頼んだ握りをつまみながら、次に食べるおばんざいのことを考えるのは楽しくてたまらない。




これだけの数のおばんざいを由夏さんが一人で仕込み・調理しているとは思えないほど、どの料理も丁寧に味付けしてある。マグロの血合いのように香りが独特な食材にはスパイスを活用して酒を誘う深い味わいに。新玉ねぎの焼き浸しのように素材本来の美味しさを際立てたいメニューでは、醤油など最小限の調味料を加えるのみ。油あげは外をカリッと焼き上げて食感の良さを際立たせ、仕上げに生姜やネギなどの薬味をたっぷりとかけている。
さらに、複数名の時には、大皿で盛り合わせにしてもらうことも可能だ。
盛り合わせの内容は日替わりで、量や種類はオーダーに合わせて臨機応変に調整してもらえる。今回は写真奥から時計回りに、しっとりとした食感の鶏チャーシュー、ポン酢でサッパリと味付けした焼きピーマンとカツオツナ、野菜がゴロゴロ入ったポテトサラダ、それから、甘さ控えめのあんこと濃い味の漬物、バターの組み合わせが絶妙な甘じょっぱさを生み出している奈良漬あんバター。

気になる料理がまだまだたくさんある。日替わりのかま焼き(この日はブリ)は脂がのっていて、日本酒が進む。アサリの山椒蒸しは、アサリの旨みと山椒の爽やかな香りの相性がよく、さらに細切りのきゅうりにアサリの出汁が染み込んでいて、これもまた美味。

どうやって、おいしさと良心的な価格を両立しているんだろう。由夏さんに尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「調味料は、料理の完成度を左右する大切な要素なので、妥協せずに良質なものを使います。その他の食材は近隣のスーパーをはしごして、少しでもコストを抑えながら新鮮で質のいい食材を揃えるようにしています」
そして、寿司ネタの端材もうまく活用している。「マグロ血合のスパイス煮込」や「タコ皮ポン酢」は、その一例だ。
思う存分おばんざいを食べて、そろそろ終盤。最後にもう一度お寿司を食べて、今夜は帰ろう。
エビパクチーの細巻きは、パクチー、ニンニク、刻んだキュウリ、ごまでつくった自家製ソースと煮切り醤油で味付けしてあり、エスニックな味わい。エビやきゅうりといった王道の寿司ネタが要となって、パクチーと赤酢のシャリが驚くほど調和している。

最後に頼んだ握りは、キジハタ444円、とびこと刻み昆布をあわせたトビッコンブ222円、バイ貝555円、シャリに自家製マヨを塗ってから焼きもろこしをかぶせたコーンマヨ222円。トビッコンブとコーンマヨは子供からも人気のメニューだ。
日本酒は、柏木夫妻が全国を旅して見つけてきた蔵の酒を中心に、純米酒や純米大吟醸、山廃純米などがバランスよく揃う。また、佐渡の魚を仕入れているので、日本酒も佐渡の純米辛口「雅楽代(うたしろ)」を置く、といった形で、なるべく旬の食材とその生産地に近いエリアの酒を仕入れている。そのほか、岡山の夏酒が入荷したら、他の地域の蔵の火入れの酒を取り入れるなどして、地域や味わいのラインナップが豊かになるような工夫も凝らす。
酒や料理の一つひとつにエピソードがあり、それを聴くのもまた、酒の肴。今回食べた料理から一例を挙げると、おばんざいに使っている自家製のカツオツナは、藁焼きしたもの。この藁は、岡山県の利守酒造から日本酒「酒一筋」と一緒に仕入れているそう。そのペアリングを愉しむのもよし。油揚げにも小噺があるので、ぜひ店で聞いてみてほしい。
料理と酒を楽しむ合間に、店内の随所に散りばめられた相撲グッズを眺めるのもおすすめだ。ホワイトボード、窓辺、化粧室とありとあらゆる場所に、相撲好きの柏木夫妻のコレクションが並ぶ。趣味を集めた程よい雑多さがありながら、きちんとした清潔感もある。これがまた、この店の居心地の良さを生み出しているのかもしれない。
文:吉田彩乃 撮影:伊藤菜々子