
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2026年春号では、芦屋「メツゲライクスダ」楠田裕彦さんに、地元神戸と職場がある芦屋周辺の愛すべき店を案内してもらいました。
芦屋の閑静な住宅街に店を構える「マビッシュ」。
ショーケースには季節の生菓子が並び、壁際には40種類を超える端正な焼き菓子が並ぶ。華やかさを競うのではなく、一つひとつが静かに存在感を放つ。
「村田博シェフの味づくりは、洋菓子からフランスの古典菓子まで守備範囲が広いんです」。そう話すのは、「メツゲライクスダ」の楠田裕彦さん。
一方で、村田シェフが大切にしているのは、意外にもシンプル。「目指しているのは、普通においしいこと。そして素材らしさを生かすことです」。

その言葉は、一つひとつのお菓子に表れている。
例えば、シュー・ア・ラ・クレーム。しっかりと焼き込んだ香ばしい生地は、外は軽やかで、中はクレープのようにしっとり。カスタードクリームほか2種類のクリームが重なり、奥行きのある味わいを生み出している。

焼き菓子もまた、この店を訪れる楽しみの一つだ。
常時40種類以上をそろえながらも、大量には焼かない。一度に少量ずつ焼き上げることで、つくりたてならではのおいしさと香りを大切にしている。
楠田さんにとって「マビッシュ」は、特別な日に訪れる店ではない。スタッフの誕生日や、少し疲れた日のご褒美に。何気ない日常の中で自然と思い浮かぶ一軒だという。

「重すぎず、エッジが立ちすぎてもいない。そのバランスが絶妙なんです。そして何より、つくり手の顔が浮かぶお菓子なんですよ」。
素材と誠実に向き合い、食べる人の日常にそっと寄り添う。そんなやさしいおいしさが、家の近くにある幸せを、この店は教えてくれる。



神戸市生まれ。ドイツ・フランスで修業後、鹿児島「クスダハム工房」を経て2004年、芦屋で独立。創業20年目となる24年、東京「麻布台ヒルズ」に新ブランドを出店。

文:船井香緒里 写真:福森クニヒロ