
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、編集者・里見美香の偏愛酒、静岡県藤枝市の「喜久醉(きくよい)」をご紹介します。
甘やかで、やさしい。米のふくよかな味わいを秘めつつも、清廉でスマート。冷やでも燗でも気の向くままに。魚も野菜も、ハムやグラタンにだって合ってしまう。いつ飲んでも安定感抜群の「喜久醉」は、実に頼れる存在だ。
昨今、一つの蔵で複数のブランドを造り分けたり、季節の酒を発売したり、とさまざまなアイテムを多彩に繰り出す酒蔵は多い。だが、「喜久醉」青島酒造の歩む道は正反対。現蔵元杜氏の青島孝(杜氏名・傅三郎)さんが蔵入りした四半世紀前からコツコツと商品を削り続け、現在はサイズ違いを含めても、写真の8種類が全アイテムだ。
まず最初の10年で生酒を全廃し、ファンの多かった“しぼりたて”は10年前に、アル添大吟醸も2年前にやめた。そうして目指すのは、揺るがぬ酒質の追求と、取り扱い酒販店への安定供給だ。
「今の設備と人員で造るには、現在の750石が限度。これを超えたら質は維持できません」と青島さん。原料米や酒の種類を減らして集中することで、個々の酒造りのスキルが上がり、再現性もアップ。搾った後の効果的な品質管理も可能になって、結果的に、酒の完成度がアップしてきたという。
「酒は日常の中にあるもの。そのお店に行けば必ず買える存在であるべし」と、取り扱い酒販店には定番商品を年間切らさず置く。それに十分な量を仕込むのも、青島酒造の重要なタスクだ。
常に、安定した「喜久醉」の味を生む。常に、酒販店には欠品なきようスタンバイ。質と量、両面でのその命題は、一見地味なようでいて、実はとても難しく尊いこと。「究極は“気づかれない酒”だと考えています。それを全うしたい」と青島さん。
「変わらぬ良さ」を目指す酒造りはなんと厳しく、そのためのアイテム減の英断はなんと誠実であることだろう。だからこそ「喜久醉」を飲むといつも、この上なく安心して、しずかで豊かな酔い心地に身をゆだねられるのだ。


文:里見美香 撮影:大志摩徹