
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、川手寛康さん(「レストラン フロリレージュ」オーナーシェフ)の偏愛酒、「江戸開城」をご紹介します。
「江戸開城」と出会ったのは今から3年ほど前。日本料理店「江戸前芝浜」で名物のねぎま鍋に合わせて「芝の地酒です」と純米吟醸を出してもらいました。現代の東京らしい華やかさと江戸文化の粋なキレ味を併せ持つ味わいに、こんなに近くにすごくいい酒を造る人がいるのだと、同じ港区に拠点を置く自分としてはうれしくなりました。
興味を持って調べてみると、明治時代に廃業した幕末からの造り酒屋を、100年経った2011年に「東京港醸造」として復活させた蔵でした。東京のど真ん中で、鉄筋コンクリートの細長いビルの都市型醸造所で、東京らしい旨い酒を造っているんです。
自分がいるガストロノミーの世界では今、世界的にローカルガストロノミー(地方の食文化)に光が当たっています。個性豊かな地方の食材や郷土料理と比較して、時には「東京には何でも集まるけれど何もない」と言われてしまうことも……。東京で生まれ育ち、東京で店をやっている自分が料理する意味は何なのか。僕の店には国外からのお客様も多いので、異文化を背景に持つ彼らに現代の東京らしさをどう表現すれば伝わるか、たまには悩むこともあります。
そんなときに飲みたくなるのが「江戸開城」。酒造りには水が重要と言われますが、東京の水道水の質は高いので「仕込み水に水道水を使用」と公表している姿勢にもシビれました。
時を経て甦った「江戸開城」や、江戸時代の文献に基づいた料理を研究する「江戸前芝浜」の料理は、単に目の前にある品だけではなく、江戸時代から現代の東京へと繋がる時間も体験するかのよう。彼らの哲学まで含めたその味わいが心に沁みて、自分を勇気づけてくれます。(談)


構成:江藤詩文 撮影:安彦幸枝