
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、“淡麗辛口”の看板のもと、全国一の蔵数を誇り、時代を築いてきた新潟に注目。この銘醸地で今、若き作り手たちが自由闊達に才能を咲かせている。今回は、酒造りをしたい若者を全国から集め、挑戦する人を応援し続けている阿部裕太さん(蔵元・製造責任者)率いる「阿部酒造」をご紹介します。
酒屋でも酒場でも目を引く、たった二文字の「あべ」が躍るラベル。愛嬌のある筆致からは、まるで蔵元・阿部裕太さんの朗らかな自己紹介が聞こえてくるようだ。この酒が誕生したのは、2015年。六代目の次期蔵元として、阿部さんが蔵の“再起動”を懸けて仕込んだ銘柄だ。それから11年。新潟県柏崎市という一地域を軽やかに飛び越え、じゅわっと広がる鮮やかな酸を売りに、全国区へと駆け上がった。2025年秋には、クラウドファンディングで2,000万円超を集め、ピカピカの新蔵も完成。蔵の勢いとファンの熱量が一つの到達点を迎えた証だ。

前職は大手グルメ情報サイトの広告営業だった阿部さんは、食の現場を歩くうちに自らも造り手を志すようになった。「3年間は僕の自由にやりたいようにやる。それで駄目ならまた元の仕事に戻ればいい」と覚悟を決めて帰ったものの、蔵は廃業寸前。設備投資は1983年で止まっていた。
それでも、1年目は父と近所のご老人の手を借り、細々と、でも「“圧倒的に”うまい酒造り」をコンセプトに仕込んだ。「酒造りに対する考えが劇的に変わった」と振り返るのが2016年。秋田・新政酒造での短期研修でのことだった。
「若い蔵人たちが多く、最高に楽しいチームをつくると最高に旨い酒ができるんだ、と知りました。これが“和醸良酒(わじょうりょうしゅ)”か!と」。しかし、現実に待ち受けているのは終わらない掃除と、ごく少数のスタッフ。当時、新政酒造で製造責任者を務めていた古関弘さんに、切実な胸の内を明かしたこともある。
「結果を積み重ねていけば仲間はきっと増えるから、頑張りな」。そう古関さんに励まされたものの、当時は柏崎に人が集まるイメージなど微塵もわかなかった。
阿部さんは、増産の陰で人手不足を抱えながら、ただひたすらに酒のクオリティーを磨き続けた。将来独立したい研修生を受け入れたのも、始まりはとにかく人手が欲しかったから。ようやく、チームづくりの兆しが見えてきたのは、2017年から2018年にかけて。のちのクラフトサケ第1世代を築き上げた今井翔也さん(LINNÉ)、穴見峻平さん(LIBROM)という精鋭たちが合流した頃からだ。
「彼らは最初から独立が前提だったので、主体的に動こうとする。新政酒造で味わった“チームによる酒造り”高揚感が蘇りましたね」。

今季の「チーム阿部」の蔵人は、右腕として絶大な信頼を置く小松裕介さんを筆頭に、総勢12人。7時15分のラジオ体操が終わると全員がモニターの前に座り、デジタルネイティブらしい朝礼が始まる。申し送りや麹の温度経過などのデータを共有しながら、ピリッとした空気が漂う。朝礼が終わるやいなや、各自インカムを装着し、スマホを携えて持ち場へ。アベンジャーズのごとくササッと散っていく。各自の手つきに迷いがないのは、自分で考えて動いているからだ。
「安心して任せられるので、僕、もう3~4年麹室に入っていないんですよ」と阿部さんの顔が誇らしげに輝く。「任せると人が育つし、クリエーティブになる。蔵人はクリエーターであってほしい」と願う阿部さんは、蔵人たちが実験的に造る銘柄「僕たちの酒」や、蔵人が自分の酒を造り阿部酒造内の一つのレーベルとしてリリースする仕組みも用意している。
たとえば、小松裕介さんが手がける酒は、その名も「YUSUKE KOMATSU」。阿部酒造の酒質とは真逆の、骨太な燗向きの酒だ。「酒質について口出しはしません。僕が築いてきたブランドに続いて、第二の矢が小松くんのお酒。今後、第三、第四と続いて、蔵人ごとにファンがつけば、結果として阿部酒造の裾野が広がるので」。


酒造りにチームづくり、蔵人のモチベーションを上げる仕組みづくりと、着実に改革の駒を進めてきた阿部さんの視線は、蔵を飛び出し地域一帯の米作りに向かっている。実は取材時、真っ先に案内されたのは蔵の裏にどーんと広がる田んぼだった。「これから10年の間に高精白の酒をどんどん出すつもりです」。えっ、低精白がトレンドの今、なぜ?「農家の高齢化により田んぼを買い取ることで、自社の農業生産法人が有する面積は3倍に広がる予定です。でも酒は簡単に増産できない。米を磨いて使用量を増やせば、耕作放棄地を生まずに身の丈にあった増産ができます」。米処新潟の景色を守るため、酒造りは若手に任せ、自身は徐々に米作りにシフトしていく予定だ。
昨年、阿部さんは海外の酒イベントで古関さんと偶然10年ぶりの再会を果たした。古関さんの顔を見た瞬間、胸がいっぱいになり、視界が滲む。「あのときの言葉通り、仲間、増えましたよ」と報告するのが精一杯だった。田んぼを歩きながら「小松くんが雄町で造りたいらしくて。作ってあげたいんですよね~」と、阿部さんはどこかうれしそうに話す。かつて秋田で受け取った和醸良酒の精神が花開き、ここ柏崎の地で大粒の実を結ぼうとしている。

文:浅井直子 撮影:伊藤菜々子