心ふるえる酒2026
【人に教えたくなる酒】ここ数年でますます磨きがかかっている"地酒のスター"「松の司」

【人に教えたくなる酒】ここ数年でますます磨きがかかっている"地酒のスター"「松の司」

2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、中本由美子さん(編集者、ライター)の偏愛酒、「松の司」をご紹介します。

40代杜氏が覚醒!土と水のキャラがより際立つ酒に

「松の司」は関西在住の私にとって“地酒のスター”だ。居酒屋より割烹に似合う端正な酒質。その印象は、2017年初リリースの「土壌別仕込」によって上書きされた。

山中、山之上、駕輿丁(かよちょう)、弓削(ゆげ)。松瀬酒造がある滋賀県竜王町の各地区の山田錦を混ぜずに醸した、いわばシングルオリジン。どれも優美な大吟醸だが、口に含んだときの、喉を通った後の質感が違う。これが土壌の個性なのか――。時代の先を行く取り組みだ!と、嬉々として取材に向かったのは2019年。蔵元・松瀬忠幸さんが語る誕生譚に、私は目が開かれる思いをした。

松瀬酒造は地元の農家と30年にわたって勉強会を重ねてきた。兵庫の特A地区に並ぶ品質を目指した山田錦の大吟醸・通称「ブルー」。それを地区別に醸し分けたのが「土壌別仕込」で、農家の労に報いたいという想いも込められていた。「うちの理念は、地域に貢献する酒。ローカリティーを磨くのに、トレンドは関係ないと思ってます」。地酒の軸足は地元に置くべし。その気概は、当時、ローカル誌を任されていた私の心に大音量で響いた。

中本さんが好きな「松の司」をラインナップ
中本さんが好きな「松の司」をラインナップ。左から、安定の純米吟醸「楽」、燗にするならコレ!の生酛純米酒、今季イチオシの「オーガニック純米酒 渡船」は「米師又八」として知られる竜王町の若井農園が有機栽培した渡船を使用。純米大吟醸「土壌別仕込」シリーズは飲み比べると楽しい!硬質な「弓削」、重量感が魅力の「駕輿丁」、タイトなテクスチャーの「山中」、複雑味のある「山之上」。720ml1,650円~。

ローカリティーを磨くという信念

「杜氏の石田が竜王町の山田錦の良さを生かしてくれたおかげです」。松瀬さんが厚い信頼を寄せる石田敬三杜氏には、このときの取材で出会った。私より八つ年下の当時41歳。杜氏としては若手だろうけれど、浮ついたところのない老熟した印象だった。以来6年のお付き合いだが、私は彼の造り手としての節度ある姿勢が好きだ。「土の質(たち)と向き合い、水のフォルムに合わせ、そのポテンシャルをマックスまで引き上げる」。それが杜氏としての仕事であり、そのために「自己主張せず、造り込まない」。なんという潔さ。カッコよすぎてため息が出る。

石田杜氏が土質に興味を持ったのは、精米担当だった20代の頃。駕輿丁の米だけが他と違うことに気づき、古参の農家に尋ねると、「あっこは粘土層が地表に隆起してるからな」と。調べてみれば、竜王町には赤土と砂礫(されき)の混合土壌もあり、地区によって土質が違っていたという。「土壌別仕込」の種は、すでにこの時点で芽生えていたのだ。

杜氏就任は30歳のときで、当初は「磯自慢」に憧れて、繊細なボディ感と美しいキレのある酒を目指していたという。ところが、いくつかの麹や酵母を試したものの、何かが違う。そうか、水か。地下124mから汲み上げるこの蔵の水は、花崗岩(かこうがん)の影響を受けている。軟水なのに、角張った印象になるのはそのせいだった。水のフォルムを知った石田杜氏は、同時にある気付きを得たという。それがまた痺れるくらいカッコいい話なのだ。

松瀬酒造は万延元(1860)年の創業。すでに150年以上が経っている。代々続く地酒の味を、自分の代で捻じ曲げてはいけない。地元の人が愛する「松の司」を造り続けることが、自分の役目なのではないか――。

かくして、ローカリティーを磨くという松瀬さんの理念と、石田杜氏の信念は重なった。関西でモノづくりをする私が、声を大にして“人に教えたくなる”「松の司」のバックストーリーだ。

ここ数年で、よりクリアに!

折節に「松の司」を飲むようになって6年。明確な変化を感じたのは、2024年の春だった。とある割烹で純米吟醸「楽」を味わい、その透明感に驚いて、思わず石田杜氏にLINEした。「実は僕、今年の途中から明らかにひと皮むけました!」。謙虚な石田杜氏らしからぬ返信に、私までうれしくなったことを覚えている。

聞けば、ずっと気になっていたネガティブフレーバーの原因を突き止めたという。「麹室にある棚室の天板に木の油分が出てきてて。医療用ボードに替えたら、きれいに消えました!」。わずかな懸念を見逃さず改善を試みる。杜氏としての感性がより研ぎ澄まされてきたのだと、私は思う。

今回、久しぶりに蔵を訪ね、蔵元の松瀬さんにお会いすると、開口一番、「石田が腕を上げてるでしょう」と相好を崩した。石田杜氏は現在47歳。まさに脂がのっているのだろう。異なるビンテージの酒をブレンドした秋酒「尾花」。竜王町の有機栽培米を、有機JAS認証を受けた生酛造りで醸した新作「オーガニック純米酒 渡船」。ブラッシュアップとチャレンジを繰り返しながら、ローカリティーを磨く。その着実な進化に、私は石田杜氏の“覚醒”を感じる。「松の司」は竜王の土と水のキャラをより際立たせ、私の“地酒のスター”であり続ける。

生酛純米酒用の竜王山田錦(65%精米)の放冷作業の様子
生酛純米酒用の竜王山田錦(65%精米)の放冷作業の様子。麹室に引き込んだ後、石田杜氏が種切りをする(トップ画像)。
2月5日発売!日本酒dancyu vol.3
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A4変型判(160頁)
2026年2月5日発売/1,800円(税込)

文:中本由美子 撮影:下村亮人