
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、2025年11月に狛江にオープンしたばかりの一軒家焼肉店「狛江焼肉 煉」。たしかなキャリアを積んだ店主が提供する上質な和牛に、偏愛全開の炒飯も注目です。
今年の焼肉は、元日にこの店から始まった。昨年狛江市に開店した「狛江焼肉 煉」。その店主・前川泰輝さんは、「店を開けて初年度だから、様子を知るためにも休みなしでやろう」と年末年始も店の明かりを灯したという。
前川さんは肉の店をひたすら渡り歩いてきた。土台にあるのは「いい肉をその肉らしく」という肉を大切にする姿勢だ。
これまでの履歴書は肉でびっしり埋まっている。辻調グループのフレンチ・イタリアン専門校を卒業し、就職したホテルで名人級の鉄板焼きシェフに出会った。その薫陶を受け、鉄板焼きへと舵を切る。沖縄のホテルや奈良の「福寿館」、東京の「田園調布倶楽部」でも鉄板の前に立った。
さらにもう一段階の転機となったのは、「加藤牛肉店」の店主・加藤敦さんとの出会いだった。西麻布の鉄板焼店で時代に、仕入先だった加藤牛肉店が渋谷に出店する「加藤牛肉店 シブツウ」の立ち上げシェフとして加藤さん自身から声がかかったのだ。
「加藤さんがすごい人なのは、その美しい肉を見ればわかります。シブツウでも肉に対する包丁の入れ方や肉ごとの温度管理、冷蔵庫のどこにどんな肉を置くかなどに至るまで事細かに教えていただきました。黒毛に熟成が不要という考え方も、加藤さんの影響が大きいですね」
焼肉にはその数だけ正義がある。そもそもの肉の仕入れからして、品種、生産者、肉質、保存などの違いがあり、調理場の仕事においてもカット、切り目、味つけ、さらに焼き方……と無限のパターンがある。
独立にあたって、熱源も考えに考えた。「炭で焼くとすべて炭の香りになってしまう」からガスロースターを選択した。着火からの立ち上がりが早く、焼き網の径が太く肉に焼き目がつきやすいタイプだ。

「すぐ温まったほうが誰もが上手に焼きやすいし、網目の焼き目というメイラード反応が起きればよりおいしくなりますよね」
看板メニューの「和牛5種盛り」は2~3人用で3,980円。上もも、しんしん、かめのこといった「赤身」とカルビや上カルビなどの部位を日替わりで盛り合わせる。
「僕がシンタマが好きなんですよ。しんしん、かめのこ、マルカワ、トモサンカクといったシンタマを構成するパーツは全部好き。あとインサイドも提供しています」

この日は塩で注文する。軽く下味は調えられているが、味の仕上げは客自身。手元の岩塩と奈良の生醤油、すりおろしわさびが添えられる。
内臓肉であるハラミに隣り合うように、正肉側についているインサイドスカートは、ほどよい弾力の肉の繊維の間から濃厚な肉の味わいがひと噛みごとに染み出す。焼肉店でもメニュー化している店はさほど多くないが、あれば必ず注文する品のひとつだ。「煉」では、うちはらみ(1,830円)として提供している。
「うちはらみはタレが好きですね。肉は芝浦から仙台牛を中心に取っています。担当さんが熱意にあふれた方で『あの肉はどうでしたか?』と確認して、よりこちらの要望に近い肉を手配するように相談に乗ってくれる。その卸さんが水曜休みだから、うちも水曜休みにしています(笑)」
店舗の物件は古い木造一軒家。内見に来たときには、すでに内部はスケルトン状態で、コンクリートの躯体むき出しの天井と柱だけの空間を焼肉仕様にしつらえ直した。動線上にも2本、太い柱が残されている。
「残されていた数少ない柱は強度面から必要な2本で、大家さんからも『絶対壊しちゃだめ』と言われるような物件ですが、直感で『行けそうかな』って」

駅から徒歩2分という立地は、広い層の集客が見込める。付け合わせやサワーに使う無農薬レモンも、小田原の「ファーム・パラダイス」の農場主がたまたま来店したのがきっかけだった。
「お住まいがこちらの方らしくて『僕、こんなレモンを作っているんですけど、よかったら使いませんか?』って。僕の好きなメニューを好きに出して、幅広い層のお客さんに来てもらえる。そんな肩の力の抜けた店にしたいですね」

そんな風に語る「煉」には店主の趣味のメニューがある。「ご飯もの」に「ご飯 大・中・小」「ビビンパ」「石焼ビビンパ」と並びながら、異彩を放つ「焼肉屋の炒飯」(850円)だ。具材は卵と、端材を煮込んだ「小肉」、それに青じそを加えて豪快に煽る。仕上げに、小口に切った青ネギを散らし、自家製のキムチを添える。味つけは九州の甘醤油をベースにした自家製の焼肉のタレだ。
「炒飯が好きで好きで『赤坂璃宮』や『富麗華』などの高級店でも必ず注文するくらい好きなんです。10代の頃からプライベートでもずっと作り続けていて、人生最後の一食は炒飯と決めています」

店主の偏愛全開の炒飯は、実はこの元日に訪れたときにもいただいた。炒飯のために水加減を精妙に調整したご飯を炊き、ごま油と大葉が香る。付け合わせのキムチの爽快な辛味も含め、締めにドンピシャリの一皿だ。「締めに炒飯は重いかも……」という杞憂を吹き飛ばす。肉業界に長く身を置き、舌と腕を磨き続けた店主の出す品は信頼に値する。
赤身に舌鼓を打ち、無農薬レモンサワーで喉を潤し、炒飯で締める。東京郊外にできた新しい焼肉店がまた焼肉の裾野を広げていく。

文・写真:松浦達也