
「腹八分目は医者いらず」といいますが、アンチエイジングにも大変有効なことがわかってきました。「あとちょっと」の我慢が若返りをもたらし、美しさをもたらし、長寿をもたらす!そのカギを握る「長寿遺伝子=サーチュイン遺伝子」について、食いしん坊倶楽部メンバーで医師の三浦雅臣先生がお話しします。
“不老長寿”は、人類にとって今も昔も永遠の命題。アンチエイジング市場が活況です。食いしん坊倶楽部の皆さんにとっても、少しでも長く食事の時間を愉しく過ごし、おいしく味わうためにも、健康寿命は延ばしたいですよね。ダイエットに筋トレ、サプリに食事法などなど、巷では様々なアプローチが流布して枚挙にいとまがありませんが、シンプルに「腹八分目」が何より最高の健康戦略になる。今回はそんなことをお伝えしたいと思います。
腹八分目にすると何がいいのか?実は「もうちょっと」の“我慢”がもたらしてくれる身体の仕組みにカギがあるのですが、まずは1つの研究結果をご紹介します。
アカゲサルを2群に分け、片方には通常の適当量の餌を、もう片方にはその約2/3のカロリーの餌を与えて、他は全く同じ条件で飼育しました。すると、興味深い結果が現れたのです。約2/3の量の餌を与えられたサルのほうが明らかに毛並み、毛艶がよく、足腰も活発だったのです。さらには、糖尿病やがん、心血管疾患といった、加齢に関連した疾患による生存率に大きな違いが出ました。カロリー制限を行わなかったサルは30歳以上の生存率が63%であったのに対して、カロリー制限を行ったサルは、なんと生存率87%という結果となったのです。この結果の差には、“サーチュイン遺伝子”が関係しています。
サーチュイン(Sirtuin)遺伝子は細胞の若返りを促す働きを持ち、別名“長寿”遺伝子とも“抗老化遺伝子”とも呼ばれます。生物の遺伝子レベルに組み込まれる大切な遺伝子配列で、人間だけでなく、哺乳類に爬虫類、昆虫に植物、酵母や菌類まで地球上の多くの生物が持つ遺伝子です。2000年に酵母菌の中から発見されました。この遺伝子を除くと早く死んでしまい、増やすと長生きすることが分かりました。サーチュイン(Sirtuin)遺伝子の一つであるSir2の「サー(Sir)」とは、「s(サイレント)・i(インフォメーション)・r(レギュレーター)」(=静かに情報を調節するもの)の頭文字を繋げたもの。通常は休眠状態なのですが、空腹や適度な運動によってスイッチがオンとなって活性化し、若返りの効果を発揮するのです。全身に備わっているこの遺伝子の働きで、傷ついた細胞が各々修復され、新しく生まれ変わることで、例えばインスリンの分泌が促され、糖代謝や脂肪代謝の促進、動脈硬化の抑制、筋肉増強作用、免疫機能のアップ、腎機能の改善などがもたらされるのです。
その仕組みはどのようになっているのか、少し専門的な言葉を使いながらご説明しますね。「空腹」を覚えると、NADと呼ばれる電子伝達体がサーチュイン遺伝子に信号を送り、各細胞に含まれる遺伝子のスイッチが入る。そうすると細胞に「オートファジー」(自食作用)の指令が出て、古くなった細胞を自浄し、細胞分裂を促して新しい細胞に生まれ変わらせたり、傷ついた部分を修復したりと、ターンオーバーやリサイクルが進むのです。これが結果として、抗老化に繋がるわけです。ちなみに、1つの細胞は寿命を迎えるまでに50-70回、細胞分裂を繰り返します。分裂の回数を左右するのが、細胞の端に、キャップのように被されているテロメアと呼ばれる物質。分裂の度にすり減っていき、全部なくなると分裂できなくなり、細胞の寿命を迎えます。サーチュイン遺伝子が働くと、この分裂のすり減り具合が少なくなることが分かっています。つまり、細胞をより長くリサイクルできる、ということです。
この遺伝子については世界中でたくさんの研究が行われていますが、まだまだ解明されていない部分も多く、目下、研究が進められているところです。ちなみに「ファスティング(断食)」の状態が長く続くほど、サーチュイン遺伝子が活性化すると言われています。また、ポリフェノールを摂取することでも活性化することがわかっていますが、スイッチを入れるためのポリフェノールを摂取するには赤ワインを大量に(100本以上!?)飲まないといけないので、まずは「腹八分目」の実践からおすすめします。
ディズニーランドなどのレジャー施設にせよ、謎解きゲームにせよ、1日で回り切れなかったり、あと少し時間が足りなかったりなど、ほんの少し物足りない程度が最も愉しいといい、「あとちょっと」の戦略を取るところもあるようです。満腹になるまで食べ切らず、あと一歩で終わらせると、すべてがいい具合に回っていきます。
正直「腹八分目」で箸を置くのは難しい(苦笑)、という食いしん坊諸氏もいらっしゃると思います。そんな皆さんへのアドバイスとしては、
・少量ずつ多種類を味わうと、満足感がアップして、早食いや過食を防ぐことができます。
・味つけは素材を生かした薄味に。濃い味は舌に残り、薄味を感じづらくしてしまい、無駄にたくさん食べてしまいがち。一方、薄味は舌の感覚もリセットされやすく、食事の満足感を得やすいと言われます。
・ご飯は子供茶碗など小さい茶碗によそうことで見た目はたっぷりに。また彩り豊かな小皿に盛り付ければ華やかになり、視覚からも満足感を得られます。
・TVを見ながら食べる、などの「ながら食い」は満腹感を得づらいです。一方で、よく噛んで食べると満腹感も得やすく、咀嚼筋(そしゃくきん)の筋力アップにもつながりますので、よく噛んで食べましょう。
江戸中期の本草学者(薬学者)、貝原益軒(かいばらえきけん)も著書『養生訓』の中で語っています。「飲食は必要なもの。しかし人の大欲で、好みに任せず節度をもうけてからだを養う。少し食べて味のよいことは、たくさん食べる楽しみと同じ」
ぜひ、「腹八分目」でサーチュイン遺伝子を味方につけ、よりよく食べる、を実践しましょう。

東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教。2014年東京大学医学部医学科卒業。2021年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了・卒業。糖尿病や肥満症を専門に、最近では老化や睡眠、味覚についても探究を深める日々。
文:林 律子 写真:PIXTA