
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2025年秋号では、合羽橋で四代続く料理道具店を営む「釜浅商店」店主・熊澤大介さんに、浅草のとっておきを案内してもらいました。
この連載で先に紹介した観音裏「トリビアン」から、しばらく路地を北へ歩くとその店はある。何の変哲もない民家のような佇まいで気付かぬうちに通り過ぎてしまいそうになるが、ここがフレンチとナチュラルワインの店「しみいる」なのだ。
「ここが開店して間もない頃だったかな。妻と二人でふらっとワインバーみたいな感じで入ってみたら、料理も雰囲気も素晴らしくてね。それ以来通うようになった。うちの家族も大好きで、長女の誕生祝いもここでやりました。最初に来た頃は10代だった娘も酒を飲める年齢になって、この店でワインを一緒に楽しめるのは感慨深いですね」(熊澤さん)
シェフの椿豪さんが手がける料理はフレンチをベースにしながら、日本の食材の旬を鮮やかに投影した繊細で綺麗な味わいが特徴だ。「ここに来たらシェフのお薦めを食べることが多いけれど、高い頻度で注文するのが季節ごとに素材が変わる野菜のテリーヌにスープ・ド・ポワソン。あとは肉料理も絶品です!」と熊澤さん。この日のメインは、“京都七谷(ななたに)鴨のロティ マデラ酒のソース”を注文した。丁寧な火入れで供される鴨肉は、旨味が濃く脂の甘味が上品。ガルニの野菜がまた抜群だ。


ソムリエである妻の澄子さんが選ぶのは、やさしい味わいのシェフの料理に穏やかに寄り添うナチュラルワイン。料理を何皿も食べ進めてスルスルとボトルワインを空けても、後味は軽やか。なんだか心身ともに浄化されていくような食べ応えなのだ。

9年前にオープンした頃、アラカルトで料理を頼めて気軽にナチュラルワインを楽しめる「しみいる」のようなフレンチは、観音裏にはほとんどなかったという。
「私たちはもともと浅草に縁がなくて、観音裏についてもよく知らなかったんです。だけど和の雰囲気が残っていて、昔ながらのお店がいくつもあるこの界隈の感じが、すごくいいなと思ったんです」(妻・澄子さん)
「今では観音裏にも新しい店が増えたけれど、シェフの豪さんもソムリエの澄子さんも控えめだけど熱い想いと美学を持ってる。料理も、二人のキャラクターが皿の上に表れたようで浮ついた感じがない。そういう姿勢に僕は信頼を置いているし、この店が観音裏で愛される理由なのかもしれないですね」(熊澤さん)。


アンティークショップや家具店勤務を経て、2004年より実家である料理道具店「釜浅商店」四代目店主に就任。リブランディングを成功させ、パリとニューヨークに支店を持つ。

文:宮内 健 写真:衛藤キヨコ