
編集部が注目する、おいしくて居心地のいい店をご紹介する連載「いい店見つけた!」。第5回目は、フレンチの名店「レフェルヴェソンス」でスーシェフ、モダンベトナミーズ「Ăn Đi」で料理長を務めた内藤千博シェフによる「Night Market」。

渋谷駅と表参道駅のちょうど中間にあたる渋谷2丁目、通称“渋2”。いぶし銀のフランス料理店「ラ・ブランシュ」、ジビエ料理でおなじみの「LATURE」、深い時間まで活気ある「琉球チャイニーズTAMA」など、名店・人気店がひしめくこのエリアに今年7月、ポップな色合いの暖簾が目を引くニューフェイスが現れた。その名は「Night Market」。アジア諸国で観光スポットにもなっている夜市=ナイトマーケットさながらの楽しさを、という思いを込めたネーミングだ。

柔らかな雰囲気を纏ったシェフの内藤千博さんは、フレンチレストラン「レフェルヴェソンス」ではスーシェフまで務めた人物だ。が、次第にアジアの食文化に惹かれたことから各地を訪れて見聞を広め、外苑前にあるモダンベトナミーズ「Ăn Đi」の料理長に就任。
今回、自身の店をオープンするにあたっては “Mixed Asian”をテーマに掲げた。タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシアなど、これまで内藤さんが訪れた国で出会った料理と、日本の風土が育む豊かな食材や発酵の知恵、それらを自身のフィルターを通して融合させた品々が食卓を彩る。



広い店内は、壁のグリーンがキーカラーに。客席は、厨房に面したカウンターと、テーブル席があり、4〜5人で囲める円卓も用意されている。そこかしこに内藤さんが選んだアンティークの家具といきいきとした観葉植物が配されて、南国のリゾートを思わせる雰囲気だ。

真っ先にオーダーしたいのは、自慢の「ガスえびせん」など3品のスナックの盛り合わせ「ナイトマーケット フラッシュ!」2,000円。まずはこれをつまみながら、メニューを読み込んで注文を組み立てるのがおすすめ。三重・尾鷲で揚がった新鮮なガスエビをペースト状にしてスチームコンベクションで蒸して、さらに乾かしたものを揚げて……と手間ひまのかかった贅沢なえびせんには、自家製塩レモンを使った爽やかなアイオリソースをつけて。この日はほかに、尾鷲のキハダマグロを那須「ALOHA FARM」の天然醸造味噌や南アジア原産のロングペッパー(ヒハツ)などと合わせた「なめろう」と、レモングラス&バイマックルーの葉を入れた特製ソースで味わう、“よだれ鶏”ならぬ「よだれタコ」が。3品とも、味と香りの組み合わせが新鮮な印象をもたらしてくれる。



オープンキッチンから“ゴンゴン”と何かを叩く音が聞こえてきたら、それは「鰹のタタキとビーツのソムタム」を作り始めた合図。ソムタムは通常青パパイヤを使うけれど、「Night Market」ではビーツを主役に。そして、内藤さんの手元にあるのはソムタムづくりに欠かせない石臼「クロック」。にんにく、青唐辛子、パクチーの根を入れて叩き合わせていくと、やがて香りが立ち上ってくる。そこにナンプラー、自家製のレモングラスオイル、すだちジュースといった調味料類と、ビーツや紫キャベツなどの野菜を入れてさらに叩きながら混ぜていくと香りがさらに複雑味を増し、味わいもまた、単に混ぜ合わせる以上にしっかりと溶け合う。

こちらが「鰹のタタキとビーツのソムタム」2,400円。「クロック」の中でミックスさせた食材を、藁焼きでタタキにしてから塩を振った尾鷲のカツオ、水ナス、ケールやビーツの葉と盛り合わせれば、ここでしか味わえない鮮やかなひと皿のできあがり。味・彩りの両面でカツオにマッチする食材としてビーツを選び、この2つの食材の持ち味を活かす最適解がソムタムだったという。ちなみに、尾鷲の魚介類を多く使うのは、実際に現地を訪れて漁船にも乗り、生育環境を目にしているから。そのほかの食材も静岡「BASIL HOUSE」のホーリーバジルなど、交流のある生産者から届くものを積極的に選んでいる。

こちらも華やか! メインディッシュの「BBQ Duckとケチャップマニス」4,400円(2名分相当)は、炭火で焼いた鴨に和歌山のバレンシアオレンジやツルムラサキ、元気なハーブを気前よく添えている。「ケチャップマニス」とは、インドネシアでポピュラーだという“甘口醤油”。が、それをそのまま使うのではなく、内藤さんのレシピで近いイメージのオリジナルソースをつくっている。トマトペーストをベースに、玉ねぎの甘味や数種類のホールスパイスの香りを加えて煮込んだそれは、鴨とオレンジ、ハーブに寄り添い、引き立てる名バイプレーヤーに。このほかにも、自家製のソース類は10種類以上あるとか。

〆のおすすめは「クラシック節のフォー」1,400円。麺の上にはもも肉と、レモングラスやスパイス、黒酢を使ったこれまた自家製の“食べる辣油”がトッピングされている。

別皿に盛られて登場するのはフレッシュなハーブ、そして鹿児島の鰹節店「金七商店」の本枯節、その名も「クラシック節」。鰹節のカビ付け工程時に、モーツアルトの楽曲を聴かせることでカビの効果の活性化を促進しているというもの。これを加えることで、カツオの深い旨味が澄んだスープに溶け出すという寸法なのだ。日本の伝統食材とベトナムの国民食が出会った逸品!
世界のレストランシーンをも牽引するガストロノミーレストランで培われた美意識や技術と、伸びやかな感性から紡ぎ出される内藤さん流のアジア料理は、瑞々しさと驚きがあり、記憶に残るものばかり。国籍に縛られないボーダーレスなメニューに高揚感を覚える。各国の食文化については「圧倒的な埋蔵量があるので、自分はまだ、表面の皮を1枚剥がしたくらい。これからもっと掘りがいがあると思っています」と、さらなるインプットに意欲的な内藤さん。今後行ってみたい国は「フィリピン」とのこと。そこで出会った味がメニューに加わる日も楽しみだ。
文:小石原はるか 撮影:合田昌弘