
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2025年夏号では、京都と東京の二拠点生活をする、料理家ウー・ウェンさんに京都を案内してもらいました。
料理人・杉井雄大さんの実家は錦市場の鮮魚店。曰く「和の技法は崩さず、魚屋のアプローチが強めかも」と笑う。“異色”の和食店「ととよし」には、「魚のおいしさを精一杯生かすための仕事が、随所に潜んでいます」とウーさんは話す。
おまかせコースは約10品。先付、八寸、椀物、造り、ヅケなど少し仕事をほどこした一品…と続く。天ぷらであれば「魚仕事で大切なのは下味。天ぷら専門店のセオリーにはないかもしれません」と杉井さん。たとえばキスであれば塩水につけた後、水分を拭い、揚げ、キスのピュアな旨味を呼び起こす。
一方、グジの松笠焼きは「赤ワインの酸味を効かせたソースが、バルサミコ酢っぽくて合うんです」。杉井さんはニンマリ。「これは驚きの相性!杉井さんの意図のある組み合わせは、発見も多いです」と感嘆しながら、ウーさんは薄旨系の赤ワインをちびり。「彼は軸をしっかり持っていらっしゃる。ですから料理には、驚きだけではなく“安心感”があるんですよね」。
「京都では、梅雨が明けたら鱧がおいしくなるなど、季節ごとに使う魚は決まっていて。それを聞かされて育ちましたし、この地ならではの食文化を大切にしていきたいです」。そう語る杉井さんの向かいで、ウーさんは「食べ物は流行りがあってはいけないと思うんです。100年後にも語り継がれる味を大切にしているのは素晴らしいこと」。
町家を改装したカウンターだけの空間は、まさに食いしん坊な大人が寛げる場所だ。
北京生まれ。1990年に来日。料理研究家としてクッキングサロンを主宰しながら、シンプルで体にやさしい中国家庭料理のレシピを雑誌や書籍、テレビなどで幅広く発信している。家庭では二人の子供をもつ母。最新刊は『最小限の材料でおいしく作る9つのこつ』(大和書房)。
文:船井香緒里 写真:エレファント・タカ