ファストフードの面白さときたら
吉野家スタッフ2万人の頂点はこの人! 70項目以上の審査を勝ち抜いた「肉盛りチャンピオン」の素顔

吉野家スタッフ2万人の頂点はこの人! 70項目以上の審査を勝ち抜いた「肉盛りチャンピオン」の素顔

なにげなく店に入り、注文する一杯。目の前に運ばれる牛丼が食欲をそそるよう、その「姿・形」に全精力をつぎ込む、プロフェッショナルの技術をご存じか。たかがファストフード、されどファストフードである。

決勝は有楽町、お客さんの前で密かに

正直に告白しておくと、この取材の準備段階に入るまで、吉野家(吉野家の「吉」は、正確には「土」に「口」)で牛丼の肉盛り王者を決める大会があることも、毎年のように行われていることも、筆者は知らなかった。その大会とは、最高にうまい牛丼をめざして、全国約2万人のスタッフが年に1度その実技を競い合う吉野家社内の一大イベント。正式名称は「肉盛り実技グランドチャンピオン大会」という。1977年に初開催されてから数多の王者を輩出している。

全国1259店舗(2025年2月時点)から地区予選を勝ち上がった数名の精鋭たちが東京・有楽町に集結し、毎年1月に決勝が行われる。決勝進出者の店舗には「牛丼づくりの達人在籍店」のフラッグが掲げられる。決勝は通常営業時間中に、一般客には知られないように密かに開催される点も興味深い。

全部で70以上もある審査項目は、店舗で調理される牛丼の「おいしい煮肉」、「盛り付けの速さや美しさ」や「お客様への目配り気配り」など、技術や店舗運営にまで及ぶ。ただ、決勝戦で1位になっても、重要課題の項目が1つでも満たせないと優勝者として認定されないというから一切の妥協がない。

厨房を仕切る奥村和也さん
厨房を仕切る奥村和也。繁忙を極める時間帯でも、お客様を待たせられない。いかにスムーズに注目をさばくかを問われる。素早く、美しく、肉を盛る。

肉盛りが美しい、「憧れの先輩」の存在

今年の肉盛り王者、奥村和也(42歳、以下敬称略)は見るからに広い肩幅と厚い胸板とは対照的に、人当たりはやわらか。静岡県内で通常店舗とドライブスルー店舗の管理運営を担う「上級店長」と呼ばれるリーダーだ。

こうなったらチャンピオンを目指すしかない――。

奥村がそう決意を固めたのは、チャンピオン大会の地区予選会で憧れの先輩に勝ったからだという。「学生時代に吉野家でアルバイトをしていて、当時から肉盛りには自信がありました。ですが、全国大会に出場したことがある『憧れの先輩』が近隣店にいらして、彼の盛り付けを実際に目の当たりにした当時は『到底かなわないな』と思っていたんです。とてもきれいでした」(奥村、以下同)

奥村は約5年間のアルバイトを経て吉野家に入社。その3月後にはバイト時代の経験を買われ、24歳で店長に抜擢された。以前勤務していた店への配属打診をあえて断り、縁もゆかりもない地域での店長を自ら希望したという。穏やかな顔つきだが、強気なのだ。「自信半分、挑戦したい気持ち半分でした。元々、負けず嫌いなんで。当時も他の店長より、自分のほうが仕事はできたと思います」と、奥村は言い切った。

奥村に吉野家の魅力を尋ねると一番にあげたのは「人」。

「働き始めてまもなく当時の店長から勤務シフト表の作成、続いて食材の発注なども任されました。うれしかったです。先輩社員やバイト仲間、フランチャイズ店のオーナーも気さくで話しやすく、仕事後は、よく食事にも連れて行ってもらいました」

近隣店でスタッフが足りないと、応援に駆り出されることも多かった。すると、顔見知りが一気に広がった。

「昔も今も、バイトや社員、世代などの違いをこえて従業員同士の会話が多く、連帯感が強いんです。バイト時代にも、店長らから『いつ入社するの?』と、冗談とも本気ともつかない口調で聞かれるようになっていました」

奥村のように、自社や同僚たちについてそう語れる人が、いったいどれほどいるのだろうか。広報担当者によると、奥村のようにアルバイトを経て入社する人が全体の約6割。それが、吉野家の組織力の源泉かもしれない。吉野家は、奥村には学生時代から居心地がいい職場であり、働いている人たちへの愛着も強かった。なおかつ強気な彼が、その会社で王者を目指すのは、ごく自然なことだ。

大盛牛丼
撮影=編集部

吉野家の奥義「肉盛り」とは何か?

「めちゃくちゃ緊張するんですよ。決勝進出が決まってからは社内インタビューや写真撮影などもありますし、近隣店舗の人たちの期待も高まります。本番では、いつも通り少し大きな声を出し、元気よくと心がけました。いかに普段どおりの力を発揮できるかどうか」

ここで「肉盛り」について触れたい。吉野家の奥義である「肉盛り」は、「決め」・「合わせ」・「返しと抜き」で構成される。「決め」とは、大小の穴が合計47個も空いている「おたま」のうえに盛った肉を回転させ、量と形を整えて丼の上にのせる状態を決めること。回転は5回以内とされる。「合わせ」は、おたまの中で「決め」た肉を丼に近づけ、丼の左端とおたまの左端を合わせること。この時点でおたまからご飯にたれが落ち出す。

「返し」は牛肉をのせる直前に、やや傾けていた丼を水平に戻す動作のこと。たれがご飯に均等にかかるように計算しなければいけない。均等にたれがかかってこそ、うまい牛丼になる。

また、「返し」と同時に、おたまを右へ引く動作が「抜き」と呼ばれる。その結果、肉が丼の上にきれいに盛られる。肉とたれを均等に盛り付けるには、一連の動作をためらうことなく迅速に行う必要がある。新人は「抜き」がうまくいかず、熱いたれが手にかかってしまうこともあるという。

実は、奥村は、入社18年間で過去4回も決勝に進出している。2018年には準グランプリを受賞したものの、他の3回は苦杯を舐めた。約2万人のトップに立つためにどんな苦労があったのか。練習とは、どんなものか。

「確立された練習法はありません」と、彼は即答した。

カレーに肉を盛る奥村
カレーに肉を盛る奥村。キッチンには、吉野家が長年積み上げきた知恵と工夫が凝縮している。

自分の弱点は何か、どうすれば克服できるか

「僕が大事にしているのはイメージです。過去にチャンピオンになった方々の動画が残っているので、それを繰り返し観察しました。自分の盛り付けも、同僚に撮影してもらい、王者の動きとのズレを洗い出し、ひとつずつ潰していったんです。元王者たちの体の使い方のイメージを、自分にも染み込ませるような感覚で」。「小手先の技術だけでは王者になれない」と彼は補足した。

「主に体の使い方に関するもので、たとえば右膝が前に出たら、右腕も自然と前に出るといった、体の構造を踏まえたうえでの動作マニュアルがあるんです。上半身の姿勢も大切ですし、おたまの持ち方や動かし方もマニュアルに書かれているので、過去の映像とマニュアルを一つのイメージとして、自分の体に取り込んでいきました」。「営業時間中に牛丼を50回盛り付ければ、そのイメージを50回意識できて、それが反復練習になります」と奥村は付け足した。

1日4時間の肉盛り作業で自分が思い描くイメージをなぞるように、黙々と作業の没頭する日々だった。一連の愚直で孤独な反復で栄冠をたぐり寄せた。

広報担当者によると、肉盛り王者を目指す練習法はそれぞれの弱点を補うものになることが多いという。手首が細くて二の腕の筋力が足りない人なら、肉盛りの際にたれを上手く落としきれず、牛丼が必要以上に「つゆだく」になってしまう。その克服法として、水を入れた500mlのペットボトルをお玉の代わりに右手に持ち、肉盛り作業の動作をひたすら反復することで手首と二の腕を鍛えた人もいた。肉盛りの姿勢が良くないと指摘され、鏡の前で肉盛り作業を繰り返し、理想の姿勢を体に叩き込む者もいる。ボクサーのシャドーボクシングのように。

吉野家浜松若林店に掲げられているチャンピオンフラッグ
吉野家浜松若林店に掲げられているチャンピオンフラッグ。極められた技術によって、最高の牛丼が提供される証だ。

王者はなぜ、休みの日にも吉野家に行くのか?

肉盛りの奥深さに驚いたのだが、同じくらい驚いたことがあった。それは、奥村が休日にも勤務先ではない吉野家に行くと聞いたことだった。聞けば理由はふたつあるという。

ひとつは、学生時代から大好きな吉野家の牛丼を、ゆっくりと味わって満喫したいから。勤務中は、リラックスして味わい尽くせないのだという。もうひとつは、他店の仲間と気ままにおしゃべりを楽しむため。学生時代から約20年を経ても、食べ飽きることがないという「牛丼」愛、そして「吉野家」愛とでもいうべきか。

奥村のまかないメニューは、「ねぎ玉牛丼大盛」にから揚げをプラスするのが定番。玉子は「半熟」に限る。「から揚げは、店舗で衣をつけて、注文を受けてから揚げるので、コンビニや競合店には絶対負けませんよ」と強調する。から揚げがおいしく揚がるには約7分かかり、それに合わせて牛丼も出すというから、オペレーションの緻密さを思い知る。

ところで、吉野家では前年度王者は翌年の大会にはエントリーできない。奥村は今後の自身のキャリアをどう思い描いているのだろうか。
「あえて言えば、担当地区の店舗を統括するエリアマネジャーはまだやったことがないので、挑戦しがいがあるかもしれませんね」

まずは彼が勤める店舗に「2024年度 肉盛り実技グランドチャンピオン」のフラッグが掲げられるのを待つ。次のことは、それからだ。

文:荒川龍 写真提供:吉野家