刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
冬の風物詩「イワシの丸干し」づくりのコツ

冬の風物詩「イワシの丸干し」づくりのコツ

魚を開かずに干す「丸干し」は、水や空気にふれる部分が少ないので凝縮した味わいが楽しめるのが特徴だ。乾きにくいので暖かい季節は酸化や腐敗が気になるため、冬こそつくりたい干物である。伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに、イワシの丸干しを失敗せずにつくるコツを教わった。

真冬の風物詩を自宅でも!イワシの丸干しをつくってみた

僕は、干物と言えばアジの開きとイワシの丸干しが二大定番だと思っている。本連載はアジの開きから干物修業をスタートしたので、そろそろイワシの丸干しを習いたい。

「丸干しは開きにしなくていいので簡単そうに見えますが、実は神経を使います。特に、頭や内臓を付けたままの丸干しは乾きにくく、気を配りながら干さなければなりません」
すかさず気を引き締めてくれるのは我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さん。温かい時期には酸化や腐敗が心配でとてもつくれないらしい。実際、丸のままのサンマを尾からぶら下げて干す「針子(はりご)」は伊豆地方の真冬の風物詩である。
「北の海から伊豆まで泳いできたサンマは脂が落ちていますが身が締まっています。噛めば噛むほど味が出てくる干物になりますよ」

頭と内臓を取り除けば、ハードルはグッと下がる!

うーむ、旨そう。酒の肴に最高の丸干しをつくりたい。サンマよりも手に入りやすいイワシで挑戦しよう。できれば失敗はしたくない。内田さんには頭と内臓を取ったうえで丸干しにすることを薦められた。
「乾きやすくなるだけでなく、食べやすいので人気です。身を骨から簡単に外せますから」
なるほど。では、比較するために「頭と内臓つき」と「頭と内臓なし」の両方の丸干しを作ってみよう。

イワシを丸干し用(頭と内臓なし)にさばく手順は以下の通り。

1胸ビレの後ろから包丁を入れて頭を落とす。

胸ビレの後ろから包丁を入れて頭を落とす
胸ビレの後ろから包丁を入れて頭を落とす
胸ビレの後ろから包丁を入れて頭を落とす

2小骨の多い腹の肉を一部切り落とし、内臓をかき出す。

小骨の多い腹の肉を一部切り落とし、内臓をかき出す
小骨の多い腹の肉を一部切り落とし、内臓をかき出す

3腹の中を水で洗う。

腹の中を水で洗う
腹の中を水で洗う

さばき終えたら塩分濃度3%の塩水に1時間ほど浸ける。この濃度と時間は変えても構わない。
「より濃い塩水に2時間も浸けている干物専門店もあります。お好みでどうぞ」

塩水に浸ける

ご飯が進むイワシ丸干しが完成。食感はしっかり、味は濃厚!

干すときは「針子」風に洗濯ばさみなどで尾を挟んで頭側を下に吊るす。干し網の中に置くよりも風が当たって乾きやすい。イワシの皮に縦のしわが出てきたらほどよく干せた証だ。

ちなみに頭と内臓付きのものは数時間ぐらいでは十分に乾かなかった。1日中干すことを覚悟せねばならない。

焼いて食べてみるとその差が歴然としていた。頭と内臓付きのイワシは旨味の凝縮が不十分だと感じた。一方で、頭と内臓を取って干したイワシのほうは大成功。食感はしっかりしていて、味は濃厚。頭がない分だけ身がほぐしやすいのもいい。ご飯にのせて食べたくなった。

干物を焼く
完成

「頭と内臓付きで干すメリットもあります。身が水に触れることがない分だけイワシそのものの味を丸ごと楽しめることです」
内田さんが言い添えてくれた。小さめのイワシは大胆に頭&内臓付きで、乾きが心配な大きなイワシはさばいてから干す。臨機応変な丸干し術を学べた気がする。

大宮冬洋の干物日記
【大宮冬洋の干物日記】大きなノドグロを使った贅沢な干物作り体験会を見学
○月△日
僕が住んでいる蒲郡市には愛知県内唯一の深海魚漁の基地(漁港)がある。伊豆沖や和歌山沖の水深200メートル以上の海で獲って来たキンメダイやメヒカリ、タカアシガニなどが水揚げされるのだ。でも、深海魚水族館のある沼津港のように知名度があるわけではない。

そこで、地元の水族館(竹島水族館)や水産関係者、料理店の店主などが集まって「がまごおり深海魚まつり」というイベントを5年前から始めている。メヒカリのから揚げなどが食べられる店を並べるだけでなく、水族館の飼育員による深海ザメの解体ショーなどのステージイベントも用意。「見て・食べて・知って・楽しい2日間」がモットーらしい。

2024年秋に開催された第5回では、ステージ上での「深海干物作り体験会」が開催された。参加者を子連れ優先で受け付けて、仲買人や料理人が指導する。漁師が大型のアカムツ(ノドグロ)を提供してくれたので大人気! 先着20組が瞬時に埋まったらしい。

生き生きとMCと指導をしていた山本大輔さん(海産物専門店「味のヤマスイ」代表)によれば、消費者が丸魚を自分でさばいて美味しく食べられるようにすることが狙いだ。

「日本人の魚離れが指摘されていますが、私はそうは思いません。回転寿司があれだけ流行っているのだから、みんな刺身が大好きなのです。だけど、すべての鮮魚を刺身にして供給するのは無理。供給側と消費側が歩み寄る必要があります。魚のさばき方や食べ方を子どもに教えると、その家族にも広がっていくことがわかりました。地元の中学校などには出前講座なども行っています」
消費側の「歩み寄り」としての魚さばきや干物づくり。僕も楽しく学んでいきたいと思った。

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。