シネマとドラマのおいしい小噺
「あんた、食べる?」と母が聞いた|映画『母と暮らせば』

「あんた、食べる?」と母が聞いた|映画『母と暮らせば』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第46回は戦争に翻弄された母子のお話です。

第二次大戦直後の長崎が舞台。母・伸子(吉永小百合)と、次男・浩二(二宮和也)の親子の深い結びつきが丁寧に描かれる。二人の間にいくつもの料理が登場するが、母が陰膳(かげぜん)を供える場面から物語は始まる。

陰膳とは、旅に出ている家族や亡くなった人のために用意する食事のこと。長崎に投下された原爆により、浩二が命を落としたのはもう3年も前。それでも母は息子のために、毎日食事を用意し続けている。その日のお膳は、優しい黄色で厚みのある卵焼き、白いごはんを盛ったお茶碗、小皿には茄子の漬物。当時にしては立派なごちそうだ。そして、そんな母を見かねた浩二が亡霊となって目の前に姿を現す。

この世の人ではないと知りながら、息子に会えた喜びに包まれる母。浩二を失った無念の想い、一人で抱えてきた寂しさを抑えきれず、饒舌に話し始める。それから浩二はしばしば母の前に姿を見せるようになる。

ある時ふと現れ、母の食事を覗き込んだ浩二は、そのつつましさ驚いてしまう。ところが現れた息子に対し、伸子からこんな言葉がついて出た。
「あんた、食べる?」

いつも子供たちに、お腹いっぱい食べさせようとしてきたのだろう。浩二はもうこの世の人にはいないというのに。子を想う、母の深い愛情に胸が痛くなる。

そんな二人が、料理の思い出について語り合う場面に心を打たれる。浩二は母が作ってくれた料理を懐かしみ、特にとろろ昆布を巻いたおにぎりが大好きだったと語る。伸子は「あんなものが?」といぶかしがるが、浩二は「かあさんのおむすびが一番かっこよかとさ。正三角形で、角がぴしっと立っとって。うまかったなあ」と述懐する。

そんな息子の言葉が、伸子におにぎりにまつわる記憶を想起させた。子供時代の伸子は祖母に鍛えられ、炊きたての熱いごはんを手を真っ赤にしながら角を綺麗にそろえ、三角に握れるように練習させられたのだという。息子に初めて伝える少女時代の記憶。祖母から母へ、そして息子へと手渡された家族の料理の歴史である。

さらに浩二には「ちゃんぽん」にも忘れられない思い出があった。あらぬ嫌疑をかけられ憲兵に連行された浩二。思いつめた伸子は警察に乗り込んだ。その母に免じて無事釈放され、家に帰る道すがら二人で長崎の中華街でちゃんぽんを食べたのだ。

にぎやかなちゃんぽん屋の店内で、大きなどんぶりを抱えるようにして食べている伸子。警察への怒りで興奮が収まらず、泣きながらちゃんぽんの汁をすすっている。浩二から「母さん、鼻水飲みよるよ」とからかわれた母は、突然ちゃぽんの器をひっくり返し、息子の丼にすべて流し入れてしまう。汁が勢いよく流れ、丼にしぶきが上がり波打つ。

伸子が命がけで警察へ助けに行ったとわかっているはずなのに、軽口を叩く息子への仕返しだ。「鼻水入りのちゃんぽん、うまか」と、浩二は苦笑いしながらも楽しそうにしている。母親の強くまっすぐな愛情と、仲の良い母と息子の姿が、ひとつになったちゃんぽん丼に映し出される。

伸子の可愛らしい一面を感じさせる食べ物をもうひとつ。ある時、息子の婚約者だった町子(黒木華)が、小豆を手に入れたと喜び勇んで家を訪ねてきた。町子は、浩二を喪い生きる気力を失ってしまった伸子を気遣い、かいがいしく世話をしてきたのだ。

彼女は巾着袋の中の小豆を、晴れ晴れした表情でちょっと得意そうに盆にあけてみせた。じゃらじゃらと盛大な音を立て小豆の音が部屋に響き渡る。久しぶりにたくさんのつやつやした小豆を目にした伸子は、にわかに気持ちが華やいで、こんなことを口にする。
「餅の入ったおしるこ。お腹いっぱい食べられたら死んでもよか」
顔を上気させて話す伸子の表情は、娘のように輝いている。

そんな心優しい町子もやがて伸子のもとを離れ、自らの人生を歩み始める。食料は依然として十分に手に入らず、伸子は徐々に体力を消耗していってしまう。浩二とて、現実的な助けなどできるわけもない。切ないエンディングに胸がいっぱいになるが、せめて天国で、伸子の好きなお汁粉を息子と二人でお腹いっぱい食べてほしいと願わずにはいられない。

おいしい余談~著者より~
映画の世界に引き込まれ、いつしか二人が本当の親子のように見えてきてしまいます。お母さんの好きな料理を、一緒にたくさん食べたくなる珠玉の名作です。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。