dancyu本誌から
dancyu1月号「ねぎはご馳走。」絶賛発売中!

dancyu1月号「ねぎはご馳走。」絶賛発売中!

誰もが知る身近な野菜で脇役のイメージが強いねぎですが、潜在能力を引き出せば驚くほどのご馳走になります。そんなねぎ料理の知恵を詰め込みました!さらに第二特集は福岡がテーマ。内容盛りだくさんのdancyu1月号をぜひご覧ください!

表紙
P14-15
P28-29
P84-85

ねぎを刻む夜

dancyu2025年1月号
江國香織さんの『つめたいよるに』という短編集の中に、「ねぎを刻む」という一篇があります。ある晩、孤独に襲われた女性が、ひたすらにねぎを刻むことで自分を鎮めていくという、とても印象的なお話です。

「孤独がおしよせるのは、街灯がまるくあかりをおとす夜のホームに降りた瞬間だったりする。(中略)三ヶ月に一度くらい、そういう夜がやってくる。会社でトラブルがあったわけでも、恋人とぎくしゃくしているわけでもないのに、それは本当に唐突に降って湧くのだ。こっちがすっかり忘れていても、ちゃんと律義に降って湧く。(中略)こういう夜は、ねぎを刻きざむことにしている。こまかく、こまかく、ほんとうにこまかく。そうすれば、いくら泣いても自分を見失わずにすむのだ」

初めて読んだのは20代前半の頃でした。「ねぎを刻まずにはいられない孤独」に圧倒され、いつか自分にもこんな夜が訪れるのだろうかと、憧れにも似た気持ちを抱いたものでした。今回、ねぎを特集するにあたり、久しぶりにこの作品を読み返してみました。私もいい大人です。昔よりずっとこの心情が身につまされるに違いありません。ところが。「唐突に降って湧く孤独」というものが、やはりよくわからなかったのです。私にだって、泣いた夜はありました。でもそれは失敗だったり失恋だったり何か理由があり、誰の慰めも届かない“魂の孤独”ではなかった……。年を重ねてもまるで深みを増していない自分に愕然としていると、追い打ちをかけるように娘がぽろりと言いました。「ああ、よくわかる。まさに私のことだ」。まだ十九歳なのに!彼女たちと私では、もって生まれた魂の種類がおそらく違うのでしょう。

そんな私ですが刻みねぎは大好きです。特に蕎麦湯から立ち上る白ねぎの、ツンとして大人っぽい清涼感たるや。ねぎのこの凛とした香りと存在感も、やるせない孤独を鎮めるのにふさわしいのかもしれません。
dancyu2025年1月号
dancyu2025年1月号
特集:ねぎはご馳走。
A4変型判(160頁)
2024年12月6日発売/1,200円(税込)

写真:合田昌弘