北海道・帯広を訪れた松尾さん。帯広に来たのだから名物の豚丼を、と思っていたところ知人から地元のお薦めカレー店の情報が届き――。
北海道の帯広に来た。芝居の公演前日入りで、夕刻以降は自由なのだった。こちらでは「豚丼」が名物だという。1番の人気店に行ってみれば、間が悪く営業を休んでいる日だった。そのすぐ近くに、二番人気と思しき豚丼の店があったが、行列ができていて、少し並んだはいいものの、全く前進しない。暇つぶしにSNSを開いてみたら、私のインスタグラムを見てスタンドアップコメディアンのナオユキ師匠から数分前にメッセージが入っていた。
「僕も明日から北海道です」とのことで、帯広にいるならと地元の人気カレー店を教えてくれたのだった。行列の店から歩いて1分ほどだったか、とにかく至近で驚いた。これはもう食べるしかないではないか。
パーラーのような明るく広めの店内で、カウンターの中には体格のいいお兄さんがいて、揚がったカツレツをものすごい早業でサクサク切っている。それはもう、神業のように清々しく、「サクサクサクサクッ!」という小気味良いリズムでどんどん切っていくのだ。その合間には、会計のお客さんに「ありがとうござ↘いまーす」と声をかけている。途中の↘は、次の「い」から音程が下がるのだ。カウンターの外にいる女性の店員さんは「ありがとうござい↗まーす」と「まーす」が高い。
そんなどうでもいいことを考えながらカツカレーを待った。注文したのは、「インデアン」「ベーシック」「野菜」と3種あるルーのうち「インデアン」の辛口をお願いして、トッピングにカツを乗せるのだ。これで880円だというから、今どき驚くではないか。
私の向かい辺りの男性客は、親の仇のようにカツカレーを食べている。単に熱々で表情が険しいだけなのだが、そのまるで挑むように食べるのがカツカレーの王道なのだなあ。程なくして私のカツカレーインデアンルー辛口が到着した。味は何ともノスタルジーを感じさせる昭和な感じで、飽きの来ない洋食屋さんのそれだった。
カウンター上の辛味オイルをかけると、なおさら昭和の辛口カレーだ。つけ合わせの福神漬けや、生姜の甘酢漬(いわゆる寿司店の「がり」)など、ほのぼのとさせてくれる。スパイスカレーやスリランカ風、ネパール風、タイ風などを食べる機会が多いが、この昭和の洋食店の風情もなかなかに食指が動くタイミングというものがある。まさしく今日がそれだったのだ。
切っている音を聞いた時から歯触りの良さが予感できたカツに、甘味のあるマイルドなルーが絡んで口福感が広がった。ナオユキ師匠、ありがとう。
文・撮影:松尾貴史