みりんダレの香ばしい風味と甘じょっぱい味わいに、ご飯が進む!みりん干しはぜひ覚えておきたい“変わり干物”の一つだ。伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんによると、通常の開き方とは違う、みりん干しならではの魚の開き方があるという。
みりん干しを食べたことは何度もあるけれど、自分でつくったことは一度もない。そもそもみりん干しはどんな魚に適しているのだろうか?
「脂ののったサバやサンマなどの魚でももちろん美味しいのですが、むしろカマスやシイラなど味が淡白な魚を美味しく仕上げるのに向いていると思います。魚本来の旨味だけを凝縮しているわけではないので、みりん干しは邪道とする干物職人もいます。確かに、本当に旨い魚は塩だけで干したほうが良いかもしれませんが、味変としてみりん干しで甘じょっぱく仕上げるのもありだと私は思います。選択肢は多いほうがいいですから」
的確に答えてくれるのは我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さん。同じ魚をたくさん買ったら、塩干しとみりん干しの両方をつくって食べ比べるのも面白いかもしれない。いつものアジでみりん干しをつくってみよう。
さばき方で塩干しとの大きな違いは、頭を落として開いて背骨を切り除くこと。塩と比べると、砂糖・醤油・みりんは浸透圧が働きにくいため、浸けダレに触れる面積を多くする必要があるのだ。違いを実感したいので、通常の腹開き(頭と背骨付き)でもみりん干しをつくって味わいを比較する。頭と背骨を取り除く開き方の手順は以下の通り。
アジを、腹を上にしてまな板に置き、腹びれの下から包丁を入れて頭を落とす。
自分の体に対してアジを縦に置き、腹に包丁を入れて内臓をかき出す。
ボウルに入れた真水で血と内臓を洗い流す。
中骨と背骨の上に包丁の刃を滑らせながら開く。
開いたアジの身を下にしてまな板に置き、背骨の上に包丁を差し込む。背骨を身から外すように包丁を滑らせたら、尾から2~3cmのところで刃を立てて背骨を切り落とす。
※わかりやすいように身をめくって撮影したが、実際はめくらなくてよい。
5で背骨を外すときに一緒に取れることもあるが、もし残っていたら腹骨、腹びれを切り取る。
たくさんの魚を開く場合は、3の洗う作業を最後にまとめてやったほうが作業効率はいい。ただし、上記の手順のほうが旨味が水に流出しにくいことは覚えておきたい。
「開いている途中で包丁をいったん置くことになるので、100円均一の植木鉢などに水をためて包丁置き場にするといいでしょう。刃に着いた血や脂を落とすことができます」
細やかなアドバイスをくれる内田さん。背骨は全部取り外さず、尾から4分の1ぐらい残しておくと、焼き上げた際に箸で持ち上げやすくなるそうだ。こういう小さな工夫がさばきやすさと食べやすさにつながるんですね!
島源商店では、みりん干しに使う浸けダレの配合を「砂糖:醤油:みりん=1:2:0.2」と定めている。これが島源商店の味。ブレることはなく長年のファンを喜ばせている。でも、予想以上にみりんの分量が少ないぞ。「みりんは入れなくてもいいのでは?」という疑問を内田さんにぶつけた。
「みりんを入れると、干物に光沢が出て美味しそうになりますし、砂糖だけのときよりもまろやかな甘さになります」
家庭では配合の比率を自由に変えてもらっていい、と内田さん。みりんの風味が好きならばもっとたくさん入れてもいいし、甘味を強くするために砂糖を増やしても構わないのだ。
塩水のときと違い、みりん干しの浸けダレにはどっぷりと浸けておく必要はない。アジを浸けダレにさっとくぐらせて15分間置き、さらにもう一度くぐらせれば準備完了。塩干しでは干す前に表面の塩を洗い流すが、みりん干しは洗わずにそのまま干す。干しながらも浸けダレが魚体に入っていき、ちょうどいい味になるのだ。
干し方は塩干しと基本的には同じ。タレがべとつくので網にのせてから干したほうが扱いやすい。身の表面を指で触ってもベタベタせず、指紋がうっすらとつくようになったら干し上がりが近い。身が締まって弾力が出て、押しても指紋が残らなくなったら完成だ。早速、焼いて食べたい!
焼き方も塩干しと同じで、身側から火を当てて表面をコーティングするのが基本。旨味を含んだ水分と脂が下に落ちてしまうのを防ぐためだ。皮目はお好みで少し焼く程度で良い。
「みりん干しは焦げやすいので注意してください。塩干しよりも1、2分短めに焼きましょう」
と、内田さんは慎重に焼いてくれた。照り輝いている身に箸を入れると、プチッと音がするほど身が張っている。焼きたてホカホカのやつを口に投入。砂糖の甘さはほとんど感じず、アジの旨味と融合している。
「オレンジワインを飲みたい!」
カメラマンの牧田氏が叫んだ。いいですね~。この甘味と旨味はオレンジワインの酸味にぴったりだろう。
比較として、普通の腹開きでもアジのみりん干しをつくってもらった。浸けダレの配合や浸け時間、干し時間はまったく同じにしたものを焼いて食べてみる。あれ?みりんの風味や甘味が感じられるのはアジの表面のみ。身の中のほうは水分が多めに残ってしまっていて、旨味が凝縮されていない。全体的にぼやけた味だった。正直言って、開き方でここまで味が変わるとは思っていなかった。
「どうしても背骨を残したいのであれば、背骨の下に隠し包丁を入れる手もあります」
内田さんはすかさず改善策を提案してくれる。その手があったか!と言いたくなるが、隠し包丁を入れる手間をかけるぐらいならば背骨は除去したほうが食べやすい。頭と背骨を取り除いて、魚の表面が浸けダレに触れる面積を大きくすること。これが美味しいみりん干しをつくる最大の秘訣なのだ。
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎