シネマとドラマのおいしい小噺
焼肉丼を、私と一緒に食べましょう|ドラマ『アンメット』

焼肉丼を、私と一緒に食べましょう|ドラマ『アンメット』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第41回は話題となった医療ドラマ。人の「記憶」と「食」のつながりが印象的で、日々の食べるという行為が大切なことだと実感する作品です。

物語の主人公は、事故に遭い過去2年間の記憶を失ってしまった脳外科医・川内ミヤビ(杉咲花)。後遺症の記憶障害で今日覚えたことを明日には忘れてしまう。そのため日々の出来事を克明に日記に綴り、毎朝読み直すことから一日をスタートさせなければならない。

しかし彼女の過去を知る医師、三瓶友治(若葉竜也)が現れ、彼の強力なサポートでミヤビは再び脳外科医として歩み始める。仲間たちに支えられながら全力で患者に対峙し、自身も再生していく姿を描くヒューマン医療ドラマである。

医師として致命的な障害を負ってしまったミヤビは、スタッフや患者に迷惑をかけまいと、常に控え目で自分を押し殺してしまう。ところが彼女がものを食べる時だけは、別人のように生き生きとするのだ。そこに、記憶を失う以前の本来のミヤビらしさが浮かび上がる。

一人暮らしのアパートで、勤務を終え夕食を摂る彼女。ランチョンマットにお茶碗とおかずの皿をきちんと並べ、背筋を伸ばしてテーブルにつく。最初に缶ビールを手に持つと、「カンパイ」と人形に向かって缶を突き出す。グビリと一口飲んだ瞬間、「はあっ」と声が出て恍惚となる。それから律儀に「いただきます」と両手を合わせ、食べ始めた。日々繰り返されるこの儀式から、ミヤビが「食事を摂ること」「食べること」を、とても大切にしているとわかる。

料理の食べ方にも彼女のキャラクターが映し出される。どんなに苦境に立たされていても、ご飯を一口食べると顔をくちゃくちゃにして、幸せでたまらないという表情になる。それも驚くほど大きな口を開け、肉やら野菜やらで口の中をいっぱいにしてしまう。

例えば、ある日行きつけの料理屋のカウンターで、ぶり大根を食べる彼女。大きく分厚い大根も、ふたくちでペロリとたいらげた。リスのようにほっぺたを膨らませ、この上ない至福の笑顔を浮かべるミヤビ。食事を共にする同僚たちは、その屈託のない表情に一瞬にして癒されてしまうのだ。

そんな彼女の大好物は、「焼肉丼」。いつもの料理屋では彼女がカウンターに座っただけで、何も言わずに出てくるほど。その日も、当たり前のようにミヤビの前に焼肉丼が置かれた。丼にごはんがたっぷり盛られ、その上にタレの利いた焼肉がすき間なくびっしりと並ぶ。彼女は箸で肉をつまむとすぐに一枚食べきってしまう。おいしくて、たまらず「う~ん」と声が出てしまうのもいつものこと。ボリューム満点で見るからに元気になりそうな料理であり、これが彼女らしさの象徴になっていく。

さらにミヤビと他者の間にも食べ物がいくつも登場し、そこには深い意味が込められる。そのひとつは「グミ」。物語の冒頭、ぼさぼさ頭で現れた三瓶が口にくわえていたのは長くて真っ赤なグミだった。初対面らしからぬ異様なふるまいだが、彼はまったく臆さずミヤビとこんな会話を交わす。

「食べますか」と、三瓶。
「何ですか」と、尋ねるミヤビ。
「これ、グミです。食べますか」と、繰り返す彼。

ミヤビは勢いに押され、渡されたグミを受け取るが、続けて三瓶はグミを食べる理由をこう解説する。
「咀嚼のように一定のリズムで同じ運動をくり返すと、幸せホルモンというセロトニンが分泌され、幸せになります」と。

いかにも医師らしく理屈っぽい論理をしれっと語る三瓶。彼のキャラクターが、ここで強く印象づけられるが実は、かつて二人の間にもグミが存在していて――。物語が進むにつれ、食べ物を媒介に記憶が解きほぐされていくのも、このドラマの見どころだ。

そしてクライマックスは、好物の焼肉丼をミヤビが三瓶のために作る場面。かつて一緒に食べようと約束した過去をミヤビは忘れているが、三瓶の方は鮮明に覚えていた。記憶が失われた後も、変わらず好物を食べさせたいと思ってくれる彼女に、彼は涙が止まらなくなる。その号泣する姿から、三瓶の溢れんばかりの愛情がひしひしと伝わってくる。涙なくしては見られない白眉のエピソードである。

「記憶を失っても、強い感情は忘れることはない」と、三瓶は繰り返しミヤビを励ましてきた。ミヤビの「食」への向き合い方は、まさしくその「強い感情」と結びついている。大らかで豪快な食べっぷり、大好きな料理を手放しで心の底から喜んで食べること。それは彼女の生きる意志であり、未来を信じる力でもある。だからミヤビの食べる姿を見ると、誰もが励まされてしまうのだ。

おいしい余談~著者より~
ミヤビの記憶がはじめて戻るきっかけにも、食べ物が重要な役割を果たします。治療の甲斐あって、ある時唐突に前日に食べた料理を思い出すミヤビ。蘇った記憶のスクリーンに「豚足」にむしゃぶりついている姿が呼び起こされます。その光景はユーモラスでありながら力強く、明日への希望を感じさせるのでした。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。