dancyu本誌から
dancyu9月号「もっと!韓国日常料理」絶賛発売中!

dancyu9月号「もっと!韓国日常料理」絶賛発売中!

今回は「夏のおいしい知恵」をキーワードに、夏野菜をもりもり食べられる料理や、すっきり涼やかな麺料理、さらには暑い夏にたっぷり汗をかいて爽やかな気持ちになれるスープ料理など、暑い夏を乗り切るための知恵が詰まったレシピと充実の店紹介記事をお届けします。さらには、今すぐ飛んでいきたくなる釜山の夏の美味ガイドも付属!読めば必ず、韓国料理が欲しくなること請け合いです!

表紙
P8-9
P14-15
P57

唐辛子の名前

dancyu2024年9月号
きんぴらごぼうをつくるときに鷹の爪を炒めるのは、香りを加えるため。タイ料理の春雨サラダを、辛さに喘ぎながらも青唐辛子の量を減らさず食べるのは、爽やかな風味と旨味まで減らしたくないから。唐辛子の真髄は、辛さよりも、その香りと旨味にあり――。そんな思いをさらに強くしたのは、メキシコでした。

20代後半の夏休み、ミチョアカン州の村に青年海外協力隊として渡った友人を訪ねたことがありました。そのときに食べた料理の美味しかったこと!豊かな香りと旨味にすっかり心奪われました。特に印象的だったのは煮込みやスープでした。牛の頭をグツグツ煮込んだもの、ライムを搾って香菜を効かせた野菜スープ……。酸味×辛味×香菜という組み合わせはタイ料理にも通じると感じましたが、唐辛子の風味が決定的に違います。

なかでもひときわ琴線に触れたスープがありました。鶏肉と玉ねぎなど具はごく普通。ですが今まで食べたどんな料理にも似ていない独特のひなびた旨味があり、圧倒されました。驚いて「どうしたらこの味になるの!?」と聞いたところ、「唐辛子だよ」と食堂のおばさん。辛味はほとんどないのです。唐辛子からこんなに深い旨味が出るとは!感激しておばさんに唐辛子の名前を書いてもらい、買って帰る気満々で市場を回りました。でも残念ながらどこにもありません。友人も初めて聞く名だと言っていたので、珍しい品種だったのでしょうか。

あれから幾星霜。日本に輸入されるメキシコの唐辛子も増えてきました。この話をすると「もしかしてこれでは?」と教えてくれる方もいましたが、いずれも違うものでした。痛恨の極みは、唐辛子名を書いたメモをなくしてしまったこと。もう一生再会は叶わないかもしれません。きんぴらに入れる鷹の爪を取り出しながら、「どんな名前だったっけな。一目その姿を見たかったな」と、旅先でのひと夏の恋のように時折思い出します。

dancyu編集長 藤岡郷子
dancyu2024年9月号
dancyu2024年9月号
特集:もっと!韓国日常料理
A4変型判(112頁)
2024年8月6日発売/1,200円(税込)

写真:宮濱祐美子