dancyu本誌から
dancyu8月号「泡の酒」絶賛発売中!

dancyu8月号「泡の酒」絶賛発売中!

夏になると飲みたくなるのが、シュワッとした泡の酒。ビールを筆頭に、スパークリングワインやレモンサワーなどで喉を潤したくなりますね。街の至るところに、おいしい泡の酒を楽しめる人気店やスポットが誕生して、今、まさに泡天国時代に突入です!今年は注目の“3つの泡”の楽しさを紹介します。

表紙
P16-17
P32
P106-107

いんげんの筋取りの悦び

dancyu2024年8月号
子供の頃、よくいんげんの筋取りの手伝いをさせられました。面倒くさくてキライでした。学生時代、飲食店のアルバイトで朝から晩まで皿洗いをしたときも、人生の無駄のように思えたものです。

社会人になったある日、あるカレー店に取材に行きました。その店では毎日、大量の玉ねぎを2時間炒める作業がありました。玉ねぎ炒めはカレーの肝、微妙な塩梅で味に差がつきます。でも、ただ鍋をかき混ぜ続けるのは辛そうです。何かメリットがあるはずだと思い、「炒めながら何を考えていますか?」と前のめりで尋ねました。コックさんは少し考えた後「特に何も考えてないですね」とぽつり。なんだか肩透かしを食った気分でした。

そんなふうに、私はただシンプルに手を動かし続ける作業は苦行だとしか思っていませんでした。心境が変化したのは10年ほど前、本誌のリニューアルに関わったときのことです。社会人生活で最大の繁忙期を迎え、次から次へと判断しなければならないことが押し寄せキリキリ舞い。脳みそがショート寸前でした。そのときふと「ああ、いんげんの筋取りがしたい……」と思ったのです。ただ休むだけではフル回転の脳みそは止まりません。しかし単純作業に没頭すれば「何も考えない」時間を得られます。子供の頃あんなに軽視していた、いんげんの筋取りを渇望する日が来るなんて、と苦笑いしました。別の日、某干物店の主人からもこんな話を聞きました。一般向けの「魚開き体験会」では、最初は手順やコツを丁寧に教えるけれど、後半はなるべく口を出さないのだそうです。「最後は皆さん、無になってひたすら手を動かします。それが気持ちいいみたいです」。

義父が時々、畑でとれた大量のえんどう豆を送ってくれます。今はさやから豆を黙々と外す静かな時間が好きです。手を動かし心を無にして没頭する悦び、健やかさ。頭でっかちだった私も、少しだけ大人になりました。

dancyu編集長 藤岡郷子
dancyu2024年8月号
dancyu2024年8月号
特集:泡の酒
A4変型判(164頁)
2024年7月5日発売/1,200円(税込)

写真:山本尚明