シネマとドラマのおいしい小噺
クレームブリュレのカラメルが幸せを運ぶ|映画『アメリ』

クレームブリュレのカラメルが幸せを運ぶ|映画『アメリ』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載、第36回。公開から20余年経った昨年末にデジタルリマスター版が上映されるほど、長く愛されるフランス映画です。観ればきっと“コツコツ”したくなるはず!

スイーツ「クレームブリュレ」は、表面のカラメルはパリパリ、中のカスタードクリームはトロリと濃厚。異なる食感が口の中でハーモニーを奏でるおいしさが魅力で、レストランのデセール(デザート)はもちろんのこと、コンビニスイーツにもラインナップされる人気アイテムだ。

このスイーツを一躍有名にしたのが、フランス映画「アメリ」。2001年に公開されるや大ヒットを記録し、アメリを演じたオドレイ・トトゥのキュートさに胸を撃ち抜かれる観客が続出した。

22歳のアメリは、人と関わるのが苦手な不器用な女の子。他人の幸せを願う優しい気持ちを持っているのに、そのやり方がちょっと変わっていて、なかなか世の中と上手に折り合えない。そんな彼女が魅力的に見えるのは「自分をワクワクさせてくれるものが何か」をちゃんとわかっているから。

アメリは少女時代から直感を信じ、自分の手や耳でその存在を確かめられるものを好む。周囲の人々もまた、自分が何が好きで何が嫌いかを知り、替えのきかない感覚を大事にしている。そんな姿を見て観客も、理屈では説明のできない「自分が好きだったもの」を思い出す。

アメリが好きなことといえば、例えば豆が詰まった袋に指を突っ込むこと、運河の橋から石を投げて水切りをすること、そしてクレームブリュレの表面のお焦げを割ること。どれも五感を刺激するものたちだ。

クレームブリュレを前にしたアメリは、まず右手でしっかりスプーンを持つ。顔が映るくらいぴかぴかに光る、大きめのスプーン。白い耐熱のココット皿にはクレームブリュレがたっぷりと入り、表面のカラメルはきれいな褐色になっている。ところどころで黒い模様を描く“おこげ”を目がけ、裏返しにしたスプーンの先でまずカツッと叩く。間髪入れず真ん中も叩くと、パリパリッという音とともにガラスが割れるように放射状の亀裂が走る。鋭く割れたカラメルの間から、顔をのぞかせるとろんとしたカスタードクリーム。

「クレームブリュレ」とは、“焦がしたクリーム“という意味のフランス語。カラメルをバーナーで焼き焦がしてつくるので、見た目と香ばしい匂いが食欲をそそる。卵黄、生クリーム、牛乳を混ぜ、低温で蒸し焼きしてつくったクリームは、生まれたてみたいに美しくなめらかな食感だ。

蓋を叩いて割り、クリームにたどり着くまでのプロセスを、アメリはとても大切にしている。それは「人生がうまくいきますように」と願う、おまじないのような行為なのかもしれない。恥ずかしがり屋の彼女が周り道をした挙句、素敵な結末を迎えるのも、自分自身に忠実だったからこそ。

彼女は、私たちにこんなメッセージをくれる。「自分が心惹かれるものを大切にしつづけることが、遠回りのように見えて結局は幸せに辿り着ける方法である」と。それを象徴するのが、クレームブリュレなのだ。だからアメリにあやかって、コツコツとカラメルを叩き、ゆっくりとクレームブリュレを味わいたくなってしまう。

おいしい余談~著者より~
モンマルトルでロケを行ったこの作品は、レトロ感と鮮やかな色彩に魅せられながら、パリの街並みと食文化に浸れます。宝石を扱うような繊細な手つきで野菜を売る青年、鶏の丸焼きの骨の間に指を入れることを至福とする男性など、アメリ以外の人物にも五感に鋭敏な食へのこだわりがあふれています。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。