干物づくりの要諦は「塩分濃度」と「漬け時間」にあり!伊東の人気干物店『島源商店』の内田清隆さんから教わった「アジなら塩分濃度8%で12分!」の鉄則を、大宮さんが真鯛で実験してみたら……。
干物づくりで大事なのは「旨味の凝縮」と「塩加減」だ。どちらも塩の浸透圧の効果を利用したもので、「塩分濃度」と「浸水時間」がポイントとなる。
「塩分濃度8%程度の塩水を用意してください。1リットルの水に85~90グラムの塩、ですね。塩はしっかり溶かして、開いたアジの皮側を上(身側を下)にして入れて、キッチンタイマーで12分間測ります」
丁寧かつ具体的に教えてくれるのは、我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さん。僕は「水1リットルに塩80グラムで濃度8%だ」と思っていたけれど、塩の重量分だけ分母が増えることを考慮していなかった。80グラムだと塩水が微妙に薄くなってしまう。
内田さんの義父にあたる島田静男さんはかつて25%もの濃さで干物をつくっていたことがあったという。昔ながらの塩辛い干物である。
「干物一口でご飯を2口はいけちゃう辛さですね。お茶漬けにするならいいかもしれません」
時代は移り変わり、人々の嗜好も冷蔵・冷凍技術も向上した。保存食としての干物ではなく、今は旨味とほどよい塩味を楽しむことが重要になったのだ。
「ただしこれは100~150g程度の魚の場合。150g以上の大きめの魚や鮮度が良すぎる魚、ノルウェー産のサバなどの脂が多い魚は塩分濃度を上げてください。10%程度(1Lの水に120gの塩)がお薦めです。「島源商店」では、魚のサイズや身の状態によって8%、10%、12%の濃度を使い分けています。浸け時間はいずれも12分間です」
内田さんによれば、15年前ほど前は浸け時間は25分間だった。減塩傾向にある現在は12分間に短縮して固定している。
「大切なのは塩分濃度と浸け時間のどちらかを固定することです。変数が2つになると、同じような魚で干物をつくる場合に比較や調整がしづらくなります」
余談だが、島源商店では魚を丸のまま塩水に長めに浸けて、その後で開いて内臓を取り出し、干物にしたこともある。魚を丸ごと入れるので均等に塩が回りやすくなり、水洗いの回数も少なくて済む。それだけ旨味が外に逃げずに美味しい干物になるのだ。
「しかし、血と内臓で塩水が汚れてしまいます。塩水を使い回せなくなるのでコストがかかり過ぎるのでやめました」
僕たち一般家庭の場合は干物で使った塩水はその場で捨てる。いつかこの豪快な方法で「丸ごと浸け」の干物をつくってみても面白そうだ。
さて、自宅で塩加減を比較実験してみよう。内田さんは塩分濃度と浸け時間のどちらかを固定することを薦めてくれた。塩分濃度が異なる塩水をいくつも用意するのは、家庭ではやや大変だし、塩がもったいないとも感じる。8%で浸け終わった後に塩を足して10%、12%としていく手もあるけれど、8%の魚を先に取り出すときに魚にくっついて減ってしまう水と塩の量を考慮に入れなければならなくなる。
というわけで、僕は「塩分濃度を8%で固定。浸け時間を12分、30分、1時間と変えてみる」ことにした。近所の魚屋でアジが売っていなかったので、25cmほどの小さめの真鯛を3匹購入。「塩焼き、煮つけ用」と書いてあったので鮮度は落ちているようだ。背開きにしてみると、内臓が溶けかかっている。やはり鮮度が良いとは言えない。ということは、塩は入りやすくなっている。浸け時間12分でも足りるかもしれない。
この日の気温は10℃ほど。日光は良く当たっていたが風はほとんど感じない。いずれも2時間半ほど干して取り込み、グリルで焼いて食べてみた。
12分バージョンは惨憺たる結果だった。旨味も塩味も足りないどころか魚体に水分が残り過ぎている。それでいて塩焼きのフワフワな食感もない。完全に失敗だ。
次の30分バージョンはどうか。うん、やや塩味を感じて身もしっかりしている。これは悪くないぞ。
「旨味が凝縮されていない。これで干物とは言えないね」
愛知県の海沿いで魚を食べて育った妻は厳しいコメント。最後の1時間バージョンにかけるしかない。
「塩味は入っていると思う。普通に美味しい。でも、旨味は足りない気がする」
なんと三つとも不合格だった。敗因はやはり塩をケチって塩分濃度を変えなかったことだろう。真鯛の重量は300gを超えていたので、内田さんの言う「大きめの魚」に該当する。8%では薄すぎて、浸け時間を長くしてもあまり意味がなかったのだ。逆に旨味が水に溶け出してしまった可能性もある。
でも、今回の失敗は次回に確実に生かせる。アジより大きな魚であれば迷わずに塩分濃度を高めにすればいいからだ。さっさと仕事を終わらせて、また魚を買いに行こう。
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎(トップ画像)、大宮冬洋