洗練されているけれど、安心感と安定感のある絶妙な味わい。四川料理というより“田村シェフの料理”と呼びたい美味なる皿の数々を堪能しましたが、上品な旨味が凝縮した白湯ソースを絡めた白飯が夢に見るくらい、印象に残ったのでした。
中国料理は郷土料理の総体です。それぞれの地域の食材と風土と歴史が凝縮され淘汰された味がいまも受け継がれています。しかし、確固たる基本があり、その上でつくり手の哲学や技が皿の上で見事に昇華していると、これは四川料理などのジャンルを超越した“田村さんの料理”だなぁ、と「慈華」で食べながら思いました。
田村亮介さんは四川料理の店で腕をふるい、青山に開いた「慈華」では四川料理をベースに独自の味わいを供しています。とはいえ、創作や個性に走るわけではありません。どの料理も洗練されているけれど、安心感と安定感がある、腑に落ちる皿なのです。
田村さんにお任せして、ワクワクしながらテーブルで待ち構えていると、百花繚乱のごとく鮮やかな色合いと味わいの“運気の上がる前菜盛り合わせ”からスタートし、“山海珍味のぶっとびスープ”(佛跳墻。ファッテュウチョン)が登場。さまざまな乾物などでつくるスープで、その芳しい香りは、修行中の僧でも塀を飛び越えて出てきてしまうほど、というのは名前の由来です。この日は干しナマコ、金華ハム、烏骨鶏、豚アキレス腱など十種類ほどの食材が入り、澄んだ深い味わいにうっとり。一気に元気と食欲が出ました。
次いで深い旨味が広がる“沖縄パインすっぽん小籠包”、山菜とホタルイカの組み合わせが絶妙の“春の春巻き天然野菜”。“和歌山 平目 発酵ピクルス 麻婆ソース”は上品な平目の旨みが酸味と辛味で引き立ちます。
そして、“気仙沼 毛鹿鮫(モウカザメ)白湯煮込み”が登場。フカヒレの煮込みです。これが絶品でした!フカヒレ自身には味がないので、その独特の食感にいかに味を足すかが勝負なのですが、上質の白湯スープで煮込まれたことで、滑らかな口当たりと深い旨味が軽やかに凝縮しています。これがフカヒレ一本ずつに絡んで口の中に快感が広がります。
これだけでも満足感が最大値に上がっていたのですが、「残ったソースにご飯を合わせてはいかがですか?」というお薦めにさらにテンションが上がります。
上品な旨味が凝縮したソースを白飯に絡め食べると、幸福感と満足感が怒涛のように口の中に広がりました。人間という動物が本能で感じる喜び……。
続く“乳飲み小鳩 スパイシー甘醤油 花山椒”も香り高き逸品、澄み切ったスープとハマグリの清らかな味わいが心地よい“あっさりスープ麺”、香りと辛味と深い味わいが絶妙のハーモニーを奏でる“麻婆豆腐ご飯”という締めも素晴らしく美味しい!
こんなに多彩な口福を堪能したのですが、その日、夢に出てきたのは、白湯スープを絡めた白飯でした。ああ、また食べたい……。
文・写真:植野広生