食いしん坊倶楽部部長・植野が2023年に“印象に残った”16皿
2023年印象に残った16皿⑬向島「酒と茶と 襤褸(らんる)」の"鶏レバーのオイル漬け"

2023年印象に残った16皿⑬向島「酒と茶と 襤褸(らんる)」の"鶏レバーのオイル漬け"

向島にひっそり佇むその店は、良質のバーのような落ち着いた雰囲気、センスの良い割烹のごとく洗練されたつまみ、通いたくなる居酒屋のような気軽な呑み方が揃っていました。店と客、客と客の距離感も心地よく、「気が利いている」を実感しました。

「気が利いている」とはこういうこと、と得心

ジャーナリストの藤原亮司さんと呑みましょう!ということになり、お連れいただいたのが向島の「酒と茶と 襤褸(らんる)」。dancyuでも紹介した店で、個人的にも行きたかった一軒です。

向島の一角にひっそりと店を構え、適度な暗さと落ち着きがある店内は良質なバーの佇まい。着物に割烹着の女将・松木恵美さんが一人で賄っています(松木さんと藤原さんは立石の呑み仲間だったそうです)。

僕は“初心者”なので、料理はお任せし(といいつつ、品書きから食べたいものはお願いしましたが)、松木さんのお薦めの“反復横跳び呑み”に従うことにしました。「初めての来店であれば、まずはお茶ハイボールで喉をうるわし、一息ついたところで生ビール。そのあとは日本酒へいき、お茶ハイボール、ビール、日本酒を反復しながら楽しんでほしい」ということだそうです。

お通し

まずはお茶ハイボールとお通し代わりの“シウマイ”と“おから”。
もう、これだけで参りました。過不足がまったくないんです。
シウマイもおからも、美味しいけれど、過度な自己主張があるわけではない、すっと入ってくる味わい。お茶ハイボールも穏やかな香りと味わいで同じように、すっと入ってくる。なんのひっかかりも違和感もない。

ポテサラ
鶏レバーのオイル漬け
フライドポテト
麻婆白子
梅干しとわさび
春巻き

“ポテサラにいくらの醤油漬け”“鶏レバーのオイル漬け”“フライドポテト(海老芋)”“麻婆白子”“梅干しの燻製と生わさび”“和牛と蓮根の春巻き”と、どれもすっと美味く、料理とつまみの間くらいの皿がいい間合いで出てきます。

中でも“鶏レバーのオイル漬け”が素晴らしい。しっかりした旨味とコクがありつつも、どんな酒にも合いそうなまろやかな味わいなのです。これだけでも延々と呑み続けられそうですが、これを合間にさらっと出すところが素敵です。

そして“梅干しの燻製と生わさび”というふっと抜いたような、しかししみじみ旨い皿に唸ります。硬軟、緩急、自由自在。でもそれを押し付けるところがないし、客も無理についていく必要を感じなくてもいい。実に楽ちん。

こうした自然な料理に合わせるような、合わせないような絶妙な流れで、生ビール、日本酒、お茶ハイボールと反復横跳びを楽しみます。しかし、煎茶、ほうじ茶、烏龍茶など多彩で軽やかな香りのお茶と、それに合わせてジン、ウイスキー、焼酎などを使い分けるお茶ハイボールにすっかりハマってしまい、途中から反復することなくサイドステップでずっとお茶ハイボールを呑み続けましたが……。

ほうれん草とさつま芋の焼きチーズカレー

締めの“ほうれん草とさつま芋の焼きチーズカレー(辛)”も実に適当(いい加減、ではなくふさわしいという意味で)。心地よい満足感を味わえました。

「気が利いている」とよく言いますが、それを具体的に説明するのは難しいし、「気が利くことを目指します」などと口にする店に、気が利いたことはできないでしょう。
でも、この店はすべてが自然体。松木さんと客の距離感、客と客の距離感も含めて、実に気が利いていて丁度いい。

「襤褸」とは、継ぎはぎの布、といった意味ですが、いろいろな要素がうまい具合に組み合わさった、実にありがたい店です。

ちなみに、藤原さんは、長年にわたって国内外の紛争地域や社会問題の取材を続け、ガザ地区にも何度も訪れています。著書『ガザの空の下 それでも明日は来るし人は生きる』(dZERO刊)は2016年に発行されたものですが、今のパレスチナ問題の底流と現実がリアリティをもって描かれています。2023年に読んだ本の中で最も印象に残りました。

文・写真:植野広生