作家、ミュージシャン、映画監督、画家……多彩な顔を持つフランス在住の辻仁成さんは“愛情料理研究家”を名乗る料理人でもあります。これまでもイベントなどで一緒に料理をつくる機会がありましたが、辻さんの料理は本当に美味しい! その腕をふるうべく、東京にキッチンギャラリーをつくりました。そのお披露目会(?)に伺うと……いろいろ凄かった!
「次に帰国する時にはお披露目会をしたいので来てください!」と言われた時から楽しみにしていました、ギャラリーT。「カウンターに囲まれたキッチンがあり、そこで料理をつくってゲストに振る舞う。そこには、僕が描いた絵や小説の原稿や愛用のギターなどを飾りたい。そんなギャラリーをつくります!」と以前から目を輝かせていた空間がついに明らかに!
指定された都内某所のビルの一室を訪れてみると、おお!まさに!聞いていた通りの素敵な空間が出来ている!ギャラリーTのロゴが入った辻さんが楽しそうにキッチンで下ごしらえをしている!部屋に入った瞬間に美味しくて楽しい空気を感じました。席に置かれたメニューがまた素敵です。眺めているだけでワイン飲めそう……。
【アミューズ】
・ジロール茸のトンジール、ネパールの風
・未完成の虹、タラのリエットと生ハムの共演
【前菜】
・鱈肝薫製フルーツカクテル
【メイン】
・シチリア風マッケローニ
・辻家定番、牛頬肉の柑橘煮込み
【チーズ】
・コンテ28ヶ月、モンブリアッック、モンドール、パリヒサダセレクト
【デザート】
・ほうじ茶のブランマンジェ、季節の果物
“トンジール”は豚汁をアレンジしたもので、ジロール茸の香りとバターのコク、そしてネパールのスパイス「ティムート」(お菓子などに使われる甘味を帯びた胡椒)がアクセントとなって美味。フランスと日本が融合したやさしい味わいで、身も心も温まります。
そして、続いて登場した“未完成の虹、タラのリエットと生ハムの共演”に目と心が奪われました。鮮やかな色彩の組み合わせ、キャンバスに油絵の具を塗りつけただけのような、でも確信と意図をもって敢えて未完成に仕上げたような一皿。
バゲットに干し鱈のペースト、アーティチョーク、グレープフルーツ、ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ、鱒の卵をのせているのですが、ベクトルの異なる塩味と酸味、甘味、ほろ苦さが重なり合って、口の中で豊かな旨味となって広がります。この組み合わせは感動的に美味しい!さらに、蜂蜜、マスタード、ひよこ豆、オリーブなど、階層になっている油絵の具のようなソースをからめると、まろやかで深いコクが加わります。見た目もそうですが、味わいも芸術的です。
実は、辻さんは以前から絵を描いていて2月28日から3月5日まで伊勢丹新宿店で初めての個展を開催します。料理家と画家の才能を兼ね備える人(作家、ミュージシャン、映画監督でもありますが……)がつくると、料理はこのように昇華するのですね。
前菜の“鱈肝燻製フルーツカクテル”は鮮烈な味わい、メインの“シチリア風マッケローニ”は伝統の郷土料理の奥深い味わいに、ナッツの香ばしさがからみ、ずっしりとした料理のイメージを覆す軽やかさ。“辻家定番、牛頬肉の柑橘煮込み”もしっかり煮込まれ凝縮した旨味がありながら柑橘の香りで軽快な味わいです。
本当にどれも素晴らしく美味しかったのですが、やはり完璧に構築された“未完成”が衝撃的で、チーズやデザートを食べ終えた後も、視覚と味覚にくっきりと残像がありました。
料理も衝撃的に素晴らしかったのですが、実はご一緒したゲストが凄かった。
湯川れい子さん、加藤登紀子さん、コシノジュンコさん。
本当に素敵な方々で、辻さんの料理を絶賛しながら旺盛な食欲を発揮し、ワインもぐいぐい進み、その間も豊富な話題が止まることがありません。お三方の話が面白過ぎて聞き入ってしまい、「おしゃべりな植野さんが今日は大人しいですね」と辻さんに突っ込まれるほど。
こんな素敵な大人になりたい、と惚れ惚れしました。
そして、辻さんと二人で結成しているお笑い料理ユニット「ダンチュウでござる」(命名・辻さん)の相方として、この素敵な空間で僕も料理をつくりたい、と強く思っていたのでした(2024年の目標が一つ増えました)。
当日の様子は、辻さんが「JINSEI STORIES」で紹介しています。
文・写真:植野広生