青森や岩手の郷土料理“いちご煮”は、ウニとアワビの吸い物です。海の旨味がたっぷり入った深い味わいなのですが、4年ぶりに開催された「たねいちウニまつり」で雨の中で食べたいちご煮は、澄んだ塩味とやさしさが身体中に染み渡りました……。
岩手県の北部、青森県に近い海沿いに洋野町(ひろのちょう)という町があります。朝ドラ「あまちゃん」の舞台となった種市があるところです。ウニやホヤ、アワビなど漁業が盛んで、南部ダイバーで知られるウニの素潜り漁なども行われています。稚ウニから育て、海に放流した後、海底を掘って作った溝に移し、そこで豊富な海藻を食べながら大きくする“うに牧場”の四年もののキタムラサキウニがあり、濃い旨味があって本当に美味しい!
特に7月頃が最も美味しくなるため、毎年この時期に「たねいちウニまつり」が開催されます。人口約1万5000人の洋野町に2万人を超える人が押し寄せる人気イベントです。コロナ禍で中止が続いていましたが、2023年7月、4年ぶりに開催されました。
僕も何度か行ってウニを食べまくってきましたが、久々の開催ということで洋野町に向かいました。
開催日の前日、八戸駅からレンタカーで洋野町に向かい、まず訪れたのが「はまなす亭」。こちらは、ウニやホヤの料理が人気の食堂です。僕も洋野町に行くと必ずここで食べます。
この日も“生うに丼”に“ほや刺し”をつけて、さらに“うにワンタンラーメン”も。
夏季限定の生うに丼は上品で潮の香りと濃い旨味が凝縮して美味。ご飯の甘味とも絶妙な相性です。ほや刺しは新鮮でプリッとした歯応えが快感!ああ、酒呑みたい。車でくるんじゃなかった……(と、毎回思います)。
ほやは本当に鮮度が落ちるのが早くて、かつて洋野町の採れたてのほやを食べていたら、出されてすぐに食べたものと少し経ってから食べたものでは味わいが異なるくらいでした。産地でほやが出たら、すぐに食べてくださいね。
うにワンタンラーメンは、塩味にたっぷりワカメの澄み切った味わいで、ワンタンの中のウニの旨味が後からそっと追いかけてくる、端正な旨さです。
翌日のうにまつりは、夏とは思えぬ冷たい雨……。スタート前からウニやウニ料理を買い求める人たちの長い行列ができているのですが、みんな寒そうにしています。僕も油断していたので薄着で傘もなく、寒さに震えながら会場を回っていると、「はまなす亭」のブースがあり“いちご煮”の文字が。迷わず注文すると、奥から「あらー!植野さん!」という声が。はまなす亭の女将、庭静子さんでした。
庭さんは、料理名人で、地元の食材を使った料理を広める活動もしています。僕が「はまなす亭」に行くのも、料理が美味しいだけでなく、庭さんに会うのが楽しみだからです。前日は店にいなかったのですが、まつりの会場で会えました。「久しぶりねー!元気!」「なんとかやってます。庭さんもお元気そうで」などと話をしていると、僕の順番になりいちご煮を手渡されました。
ウニやアワビがたっぷり入り(自分史上、もっともウニとアワビが多いいちご煮でした)、軽く白濁した汁を口に入れると、澄み切った深い旨味がすーっと広がり、身体中に染みていきます。汁にたっぷり旨味が出ているのに、ウニもアワビもしっかり美味しい。海の滋養と豊かな潮の味が全身の細胞に広がるような……。
そして、久しぶりの庭さんの穏やかな笑顔がその味わいをさらに引き立ててくれるのでした。冷たい雨の中、ほっこり温かい気持ちになりました。
文・写真:植野広生