効率よく魚をさばくにはコツがある。伊東の人気干物店『島源商店』の内田清隆さんに、素早くさばくためのプロの包丁使いを、じっくり教わった!
干物をつくるときは、一度に何枚かまとめてつくりたい。開いて塩水に浸けて干す作業を考えると、1匹だけでは時間と労力がもったいないし、もともと保存食なのでラップして冷凍すれば1ヶ月は持つ。親しい人にお裾分けしても喜ばれるから、安くなっている旬の魚をまとめて買って、できるだけたくさんつくったほうが何かと楽しいからだ。
干物づくりの最大のハードルは魚をさばいたり開いたりする作業だ。ウロコだけ除去して塩水に浸けて干す「丸干し」もある。でも、丸干しは魚の状態をみて塩加減、干し加減を見定めていくので初心者向けではない。開いて乾かしやすくするほうが無難だ。
「上手な人と下手の人は、魚をさばいているときのまな板を見ればわかります。上手な人はハラワタ(内臓)を置く位置が一定なのでまな板が汚れません。下手なうちは魚の血でビシャビシャになってしまいます」と指摘するのは、我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さん。確かに、魚を何匹もまとめてさばいていると血と内臓で道具や手が汚れてしまう。いちいち洗って拭くのは煩わしい。内田さんが伝授してくれる島源商店流「プロの七手」は、この手間を大幅に軽減できるのだ。
さっそく干物の定番、アジを使って開き方を教えてもらおう。まずは「エラと内臓を除去する三手」から。今一度、魚の部位の名称を頭に入れておこう。なお、魚は人間に対して垂直(縦)に置くのが島源商店流。包丁に力が入りやすくて目視もしやすいので怪我をしにくい。
心を静めて、利き手じゃないほうの手でエラぶたを開く。アジとの真剣勝負の始まりだ。
このとき左右の腹ビレの間を通過するのが理想だが、外れても構わない。アジは肛門付近に堅いトゲが出ているので、その先まで包丁を入れておくと、第四手で開くのが楽になる。
包丁だけでエラと内臓がひっかき出せるとプロっぽい。意外と難しい技なので、手を使って内臓を除去しても問題ない。慣れてくると、ひっかき出したエラと内臓を手で触らずに包丁でまな板の隅に置けるようになる。まとめておけば一匹ごとに内臓を捨てたり道具を洗ったりしなくて済み、複数の魚を効率的にさばける。
次に、「開きの三手」を紹介する。さばく姿勢は固定して、魚のほうを動かすのがポイントだ。
いわゆる大名おろし(※)だが、開きなので包丁が背を突き破らないように注意する(もし背まで切ってしまっても、切り身のまま干物にすればよい)。ガリガリと中骨を感じながら包丁を滑らせるのは慣れないと難しいけれど、何匹かさばくうちに感覚がつかめてくる。
※骨の両側から包丁を入れてから骨を外すのではなく、片側から包丁を入れて一気に片身を外すラフなおろし方。どうしても中骨に身が多く残るぜいたくなおろし方であることから大名の名がついた。
頭を手前に置くのは、力が入りやすいから。ただし、力を入れすぎると頭を背側まで割ってしまうので注意。内田さんによれば、真っすぐではなく少し斜めに角度をつけて切り込むようにすると、力が入りすぎないらしい。僕は未修得の高度テクである。
魚の頭が上になるように置き直す。
最後に仕上げの一手。キレイに開くと見栄えもいいし、塩の浸透や乾燥もしやすくなる。
特に尾びれ近くは開き残しが多いので、ここで下までしっかり包丁を入れる。この第七手があるので、第四手と第五手では背のギリギリまで包丁で攻める必要はない。
以上が島源商店流「プロの七手」によるアジの開き方だ。最初からすべてを習得するのは無理だけど、工程を意識しながら部分的にでも実践してみてほしい。
僕はこの七手のおかげで小魚をさばく効率が大いに向上した。魚を横ではなく縦に置くだけでも全然違う。大量のアジを買って来てもまったく怖くない。どんどんおろして開いてベランダに干そう。
次回は「開き」の変化球である背開き、そして頭を割らない背開き(小田原開き)に挑戦する。正統派の腹開きと何が違うのだろうか。乞うご期待!
1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎