ドラマの共演者から薦められて訪れて以来、何度も通っているお気に入りのお店が京都にあるという松尾貴史さん。毎回注文するのは辛口のカツカレー。松尾さんを虜にするそのお味とは――。
京都大学病院の、東大路を挟んだ向かい側にある老舗のカレー店「ビィヤント」は、50年近くこの地で営業している老舗だ。いや、京都ならば「何百年」という店もざらにあろうけれど、カレー店であれば全国的にも老舗と呼んで間違いないだろう。
私がこの店のことを最初に知ったのは、NHKの朝のドラマ「ちりとてちん」の撮影をしているとき、共演のキムラ緑子さんから「キッチュさん、カレー好きやったら行ってみて、美味しいから」と教えていただいた時だった。彼女は、若かりし頃この店でアルバイトをしていた縁から、今でも交流があるらしく、今回私がうかがった前日にも来ていたそうだ。
いや、本当に美味い。見た目はオーソドックスだが不思議な個性を持つ風味で、私はすぐにやみつきになった。緑子さんに教えてもらった頃から、この近所にある京都芸術大学の映画学科で客員教授を務めていたので頻繁に通える環境にあったので頻繁に通うことになる。数年前に退任してからはなかなかうかがうチャンスが減ってしまっていたのだが、今回映画の撮影で京都に滞在したので久方ぶりに訪ねることができた。
私はここに来ると「カツカレー辛口」一択なのだ。それにサラダを付けていただくのが慣わしになっている。「カツ辛口にサラダをお願いします」と言って数分待つと、細切りキャベツに満遍なくドレッシングを纏わせたサラダが出てくる。それをワシワシと食べていると頃合いに、カツカレーが登場する。
揚がったカツの香りが、全てを覆い隠すようにかけられるルーで閉じ込められていて、小さめに切ってくれているカツの一欠片をスプーンで掬って頬張れば、たちまちその香ばしさが広がる。カレーもまた、私が勝手に想像しているだけだが鶏ガラの旨味(使っているかどうかは不明)のような風味を含んだいい味わいで、長年食べても飽きるどころか毎度恋しくなるのだ。
辛口を食べる客にだけ、さりげなく冷たいおしぼりを差し出してくれるのもありがたい。今回はなぜかいつもより余計に汗をかき、ずいぶん浄化された気がする。
少し残しておいたサラダを箸休め的に食べ進めれば、すこぶるいい塩梅なのだ。付け合わせ用に福神漬けなどが置かれているが、私は紅生姜ばかりを消費している。
おかみさんの連れ合いの方が50年前に、神戸のインド人から調理法を習い、それをベースに様々な工夫の末、開店することができたのだという。今は息子さんたちが切り盛りして、おかあさんは微笑ましく見守る雰囲気だ。
文・撮影:松尾貴史