「フルオーダーメイドであること」は、オーナーズカスク制のシステムにとどまらない。「北軽井沢蒸留所」では、ウイスキー蒸留所のアイコニックな設備でもあるポットスチル(蒸留器)を、一から設計してつくり上げた特注モデルを採用。オンリーワンを目指す新生クラフトディステラリーにとって、それは難しくも外すことのできない挑戦だった。
ウイスキーの蒸留所の華はポットスチルだ。そう言い切って、異論を唱える人はたぶんいないだろう。
ウイスキー製造の基本的な流れは、製麦→糖化→発酵→蒸留→熟成の5ステップ。ジャパニーズウイスキーでは原則として発芽・乾燥済みの輸入モルトを原料に使うため、糖化以降の工程を蒸留所の中で踏んでいくことになる。
それぞれの役割を担うのが、原料の麦芽を粉砕するモルトミル、麦芽を麦汁に仕込むためのマッシュタン(糖化槽/仕込み槽)、麦汁をアルコール発酵させるためのウォッシュバック(発酵槽)、発酵後のもろみを蒸留するためのポットスチル(蒸留釜)の各設備。「北軽井沢蒸留所」内にも、作業動線に沿って四種の神器が揃い踏むが、とりわけ圧倒されるのがポットスチルの神々しい存在感だ。
「蒸留所をつくると決めた当初から、ポットスチルはフルオーダーメイドで唯一無二のものをつくろう!と心に決めていました。免許申請や資金集めの準備そっちのけで、前のめり気味に調べまくっていましたね(笑)」と打ち明ける坂本さん。
「ウイスキーがウイスキーであるゆえんは、蒸留という工程があってこそ。糖化と発酵で味の原型はつくられるけれど、それは原料由来のもの。エレガントな味わいを目指すか、重厚な深みにもっていきたいのか、モルトウイスキーとしての個性や輪郭は蒸溜を司るポットスチルに委ねられる。まさに心臓部です。だからこそ1ミリの妥協もなく、自身がイメージする原酒に近づけるモデルを形にしたいと思いました」
胴体、ヘッド、ネックとラインアーム、コンデンサーからなる単式蒸留用のポットスチルは、それぞれのパーツの形状やサイズがニューメイクスピリッツ(原酒)の風味に影響をもたらすことが知られている。
「北軽井沢蒸留所」のポットスチルは、最大容量1500Lとウイスキー用にしては小さく、本来は重い酒質に向くサイズ感。一方、円錐形の膨らみと付け根にくぼみをもつ“ランタン型”のフォルムは軽い味わいを生みやすく、よりバランスのとれたニューメイクスピリッツが期待できる。
しかし、こうしたエビデンス以上に、坂本さんが拠り所としたのは造形美でもあった。シンプルで、原始的で、ミニマルであること。かつて訪れたスコッチウイスキーの蒸溜所で目にしたポットスチルが、みんなそうであったように。
「おいしいものとは、本来こうしたきれいな形のものから創られるのだなと、理屈ではなく感じたのを覚えています。より複雑で、高機能なモデルにすることもできるけれど、自分の小さな蒸溜所では、あえてスコットランド式でいきたかった。つくるたびに、目にするたびに『すごい! きれいだな』と感動したいじゃないですか(笑)。ポットスチルには、設備を超えるエレメンタルな力があると思うんです」
一方で、新しいポットスチル構想には、単に“スコットランド式”の模倣に終わらない坂本流の視点も生かされていた。わかりやすい例が、銅製のヘッドととステンレス製のボイルタンクを連結したハイブリッド型の蒸留釜であることだ。
「ポットスチルは銅製とほぼ決まっていますが、材料費が高く、実はメンテナンスも簡単ではないんです。本当に全部銅である必要があるのかな?という単純な疑問は以前から持っていました。この際だから、できることは何でも、すべて試してみたいけれど、そんなわがままに興味をもって応えてくれる設計会社が果たしてあるのか。それが問題でした」
本来、ウイスキー蒸留所のポットスチルは設計にも設置にも運用にも専門的な知見が必要であり、新規導入のための発注先は大きく分けて2つの選択肢に絞られる。ひとつは、スコットランドのフォーサイス社に代表される海外メーカーに依頼するケース。もうひとつは、蒸留設備に特化したノウハウと実績が豊富な三宅製作所のような国内メーカーを頼る道だ。坂本さんは、そのどちらも選ばなかった。
代わりに実行したことが、“蒸留”の二文字をキーワードに設計関連の事業体の情報を集め、担当者に直接コンタクトを取ることである。そのうちの一人に、本連載の2人目の主人公ともいえる川波宇澄さんがいた。同じ蒸溜でもハーブオイルを抽出するための蒸留器を中心に手掛けてきた福岡県の製造メーカー「黄河」の代表であり、自身で設計も担当するエンジニア。2人の出会いによって、『スタンド・バイ・ミー』さながらのウイスキーをめぐる冒険物語の新たな章が始まることになった。
文:堀越典子 撮影:石井小太郎