映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深堀りする連載。第31回は、漫画原作のドラマシリーズより。急がず、欲張らず、ゆっくりと。視聴者の共感を呼ぶひとり呑みの姿は、シーズン1の第一話から変わりません。
お酒と料理を心ゆくまま味わうことを至福の喜びとする、村埼ワカコ26歳。女性版『孤独のグルメ』ともいえるこの人気ドラマはシリーズを重ね、一人酒が似合うワカコ・ファンを増やし続けている。
仕事を終えたワカコが一人で店に入る。料理を楽しみながら酒を飲む。ただそれだけの物語なのだが、視聴者もワカコとともに一日を正しく締めくくった満足感に浸ってしまう。ワカコの飲み方はとにかくシンプルで、そこに共感の秘密がある。
始まりの1話目(シーズン1)から、ワカコの「酒と料理」に対する姿勢が示されている。のちに常連となる店「逢楽(あらく)」との出会いのエピソードが印象的だ。
その日、一軒目の店を出たワカコは、まだ飲み足りない気分でいた。そこで店構えからピンときた「逢楽」に入る。初めての店だ。
長いカウンターと、壁に手書きの短冊メニューがずらり。日本酒と焼酎の瓶が並び、どの客もくつろいでいる。のんべえが好みそうな店内の様子に、期待が高まるワカコ。
「おすすめの日本酒ってありますか」
初めての店でワカコはだいたいこの台詞を発する。そしてすすめられた銘柄を素直にオーダーするのだ。一見(いちげん)の店で、その懐に入っていこうとする気持ちの表われであり、ワカコなりの店へのリスペクトだ。控え目でありながら、どの店からも愛されるワカコらしさでもある。
カウンターの向こう側の厨房で、大将と板前さんが忙しく立ち働いている。大将はいかにも腕に自信がありそうな面差し。「ここなら日本酒をゆっくり味わえそう」「おいしい食べ物が期待できそう」と自分のセンサーで、少しずつ店との相性を確かめていく。
お通しはアスパラのおひたし。青々したどっしり太いアスパラが、つまみやすい長さに切り揃えられ、茎から穂先へと美しく重ねて盛られている。てっぺんに花かつおがちょんと載っていて、お通しとしてはなかなか立派なものだ。
さておすすめの日本酒が、ガラスのお銚子で登場。店員は目の前にも一升瓶を置き、銘柄が見えるようにしてくれた。初めての銘柄にドキドキしながら、ゆっくりひとくち目。とても飲みやすい。おちょこをじっと見つめると、心のテンションがぐっと上がっていく。アスパラとの相性もとてもいい。
「なぁんかほっとするなあ」
お通しとおすすめの日本酒でワカコはもう、この上ない幸せに浸っている。お店との距離も、料理を味わうのも、ゆっくりじっくり。情報に頼ったりせず、自分の目と舌で確かめる。これがワカコ流である。
メニュー選びにも時間をかけ、「とりあえず」などと言わない。一品一品、真剣勝負で臨む。熟慮するワカコを見て「なんでもつくるよ」と大将が優しく声をかけてきた。
ショーケース内の新鮮なアジと、メニューに書かれた「越中味噌」という文字を見て、思い切って品書きにはない「なめろう」を頼んでみることにした。意気に感じた大将は、ニヤっと笑ってうなずく。また店との距離が縮まった。
アジを三枚におろし、皮をはぐ。細く切ったアジと味噌を合わせ、まな板の上でトントントンとリズミカルに刻む。そこにネギの緑が美しいコントラストを描く。
そして特注のなめろうが、ワカコに差し出された。大葉、穂紫蘇、半月レモンが添えられた美しい一品。わがままを言ってしまったことに、少し心の呵責を感じつつ神妙に口に入れるワカコ。そのとたん、笑顔があふれた。
帰り際、出口で踵を返すと大将に向き合い、「ありがとうございました」とワカコは頭を下げた。おいしい料理を食べさせてくれたこと、知らないお酒をすすめてくれたこと、そしてメニューにない一皿をつくってくれたこと。すべての感謝を込めたまっすぐな言葉。大将が嬉しそうに微笑んだ瞬間、ワカコは常連客への一歩を踏み出した。
いつもゆっくりお酒を飲み、料理をひとくちひとくち大事に味わうワカコ。余計なことは考えず、からだにしみこませるように食べて、飲む。スローモーションのように、丁寧に食と向き合う姿が何度も映し出されていく。それが観る者を癒したり鼓舞するのは、いまこの瞬間を全身で味わおうとするそのたたずまいにある。とてもシンプルだが、確固たる意志をもって日々の食事を楽しみ切ること、それはとても素敵なのだ。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ