広島を訪れた松尾貴史さんは、看板から音楽好きが営んでいるとわかるカレー店を見つけました。店内にグランドピアノが置いてあるような、優雅な空間でいただくカレーのお味とは――。
広島市内でも一際繁華な地域・紙屋町の、ビルの3階にある店を見つけた。店名から察するに、音楽好きな方がなさっていることは明白だ。道路脇、ビルの一階入り口には弦楽器をモティーフにした看板が置かれている。
「一楽章 f 未完成」の店内はやんごとないクラシカルで優雅な雰囲気だ。調度品も豪華で、グランドピアノが置かれ、壁にはバイオリンなどの楽器も飾られている。「未完成」ということは、店主はシューベルトがお好きなのだろう。「未完成」は第二楽章まで完成しているのに、なぜ「一楽章」なのだろうか。
開店時間ちょうどにうかがうことができた。1人なのでカウンターに座ろうとしたら、「どうぞソファー席でゆっくりなさってください、キャリーケースも置きやすいですから」とお気遣いいただいた。お店の方が持ってきてくれたメニューは、アナログ盤のLPレコードの、見開き型のジャケットだった。すべてに音楽好きな雰囲気を感じさせてくれる。メニューの説明をしてくれるのだが、これがすこぶる丁寧で、ランチでうかがったのに「夜中の0時まで召し上がっていただけます」という情報までくださった。
昼時のおすすめだということで、日替わりのおすすめセット、サラダ付き(税込1,000円)をいただくことにした。
広々とした店内を眺めて、まるで自分の気持ちにもゆとりが生じているような錯覚が湧いた頃にサラダが到着した。野菜にかかったドレッシングはすこぶる軽やか、爽やかで健康的な味だ。
この日の日替わりのトッピングはチキンの照り焼きで、出されたナイフでさかさか切れば、その程よい弾力が楽しみになる。カレーはなかなかに懐かしい雰囲気の洋食系ルーながら、香りの個性も強く、第一印象は甘さが来るがすぐにほのかな酸味、そして辛さが時間差でやってくる。メニューに、追加で辛さを増すこともできるように書いてあったが、十分なスパイス感だ。そして、最初の印象よりは意外とボリュームがあって、ソファー席に座っていたので腹を圧迫して満腹感が倍増した。
途中で水のおかわりをお願いしたら、グラスが空だったことに気づかなかったことについて何度も「申し訳ございません」とおっしゃるが、何も申し訳なくないのに丁寧なことこの上ない。新たに注いでくださったグラスを置く時にもまた、「申し訳ございません」と。すべてにおいて丁重で、会計の時にもまた「申し訳ございませんでした」と言われ、逆にこちらが申し訳なくなってしまった。その頃には店内が忙しくなっていて、なぜ「一楽章」なのか、聴きそびれてしまった。
時折、ピアノなどの生演奏が行われることもあるそうだ。クラシックの生演奏を聴きながらのカレーはどんな相乗効果を生み出すのだろうか。
文・撮影:松尾貴史