シネマとドラマのおいしい小噺
献立は、畑と相談するんや|映画『土を喰らう十二ヵ月』

献立は、畑と相談するんや|映画『土を喰らう十二ヵ月』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第30回は、料理エッセイ原作の邦画から。季節が夏から秋へと変化しつつある今こそ観たい、「旬」を味わう一本です。

作家のツトム(沢田研二)は妻に先立たれ、信州のひなびた山村で独居生活をしている。幼い頃、口減らしのため京都の禅寺で暮らした経験のあるツトムは、自ら野菜を育て収穫し、精進料理をつくる術を身に着けた。

昭和の代表的作家、水上勉の随筆が原作であるが、自然とともにある自給自足の生活が、この令和の時代にむしろ憧れを抱かせる。ツトムの自立した暮らしは、食べることと生きることが直結し、シンプルだがとても豊か。たまらなく和食が食べたくなる映画だ。

ツトムがつくる料理、その魅力は「旬」だ。早春、切れるように冷たい雪解け水の小川に分け入ると、セリの群生に出会う。細い根に絡みついた泥を丁寧に落とすと、ゆがいて根っこもサクサク刻み、ご飯に混ぜる。春の訪れを丁寧な食につくり上げていく。

さらにその水辺にこごめ、日なたにはわらび、斜面にも山ウドが自生し、家の周りに一斉に春の命が芽吹き始めている。それらを摘み取り、ゆがき、水にさらし、やわらかい芽を刻む。味噌や胡麻と和え、おひたしや味噌汁の具にもする。

近隣の仲間とも、春の訪れを愛でる。屋外で火を起こし濡らした紙に包んでタラの芽を焼く。父から受け継いだ味を味噌につけて喰らう。
「うんめえなあ」
友人も旬の味に感嘆している。

ツトムの料理の魅力、もう一つは徹底した「手づくり」。たとえば梅干しづくりは大事な季節の行事である。

梅雨時に、なじみの農家から、売り物にならない梅を分けてもらうことから始まる。黄色く熟した梅は、水に浸すと透明な膜を張ったような輝きを放つ。竹串でヘタをひとつひとつ取り除き、塩と梅を重ね、重石をしてあとは時間を待つ。赤紫蘇が育つ時期になれば紫蘇を摘み、塩で揉んで梅とともに漬け込む。やがて太陽がじりじりと熱くなる頃、三日三晩風に当て天日に干せば完成だ。

手間と時間のかかった梅干しは、一年中食卓に登場することになる。精進料理に欠かせない、薬の役割も果たす大切な食材だ。なによりいくつものプロセスと時間が醸成した味わいは、えも言われぬ満足感を与えてくれる。

手づくり名人は、山奥深い小屋に一人住む義母のチエ(奈良岡朋子)もそうだ。訪ねていくと、樽のままの自家製味噌を持っていけと言う。多くの言葉を交わさずとも手づくりの食べ物が、人と人の絆を深めている。

夏の終わる頃、その義母のチエが亡くなった。ツトムの家で葬儀が執り行われ、割烹着姿で台所に立つツトム。降ってわいたような事態だが、“通夜振る舞い”はツトムの得意領域、精進料理そのものだ。

大忙しの調理場で、まずつくるのは胡麻豆腐。編集者で恋人の真知子(松たか子)も、必死にすりこぎで胡麻をあたり手伝っている。昆布だしでゆるめてさらに細かくし、溶かした葛と混ぜて濾す。そこからは全身を使ってリズミカルに練り上げていく。畑で獲れた胡麻とこの力作業が実り、弔問客に大好評となった。

「おめえこれ、うんまいねえ」
「京都のお寺でこのひと修行して習ったもんだっさ」
「こんな都のもん。そう食べられねえで。よおく味わいな」
「冥途の土産だで」
通夜でありながら、笑いさざめきが生まれるおいしさだ。

弔問客が大勢訪れ料理が足りなくなると、台所に戻ったツトムは魔法のように料理を繰り出す。茗荷を摘み、混ぜご飯にして、おむすびを握る。獲れたてのきゅうりを切り、チエの味噌を添える。茄子と青じその炒めものもある。「献立は、畑と相談するんや」と、普段から言っているツトムらしいメニューである。

遺影に手を合わせながら料理に舌つづみをうつ弔問客は、チエとともに食卓を囲んでいる気持ちになる。祭壇の供物には、ポリ袋などに入った手づくりらしい味噌が並ぶ。みなチエから教わり、つくり続けてきたのだ。故人とゆかりのある食べ物をお供えし、おいしく食事をいただく。通夜振る舞いのあるべき姿に、これこそが供養なのだと心にしみてくるシーンである。

日常に戻ったツトムのお膳がまた美しい。白米、ふっくら大きな梅干し、ゆず味噌と風呂吹き大根、大根葉の炒めもの、そして味噌汁。大根は雪深い畑から引き抜き、川の水で洗ったものだ。土の香りのする食材に「いただきます」と手を合わせる姿とともに、滋味深さが画面から匂い立ってくる。

おいしい余談~著者より~
土井善晴さん監修の料理の、なんとおいしそうなこと、そして美しいこと。旬の食材を手づくりの調味料で食べる、究極のシンプルさゆえの神々しさにしびれます。和食の真髄に迫る作品です。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。