邦栄堂製麺のこと
平太麺で"製麺所の焼きそば"をつくり始めた|邦栄堂製麺のこと②

平太麺で"製麺所の焼きそば"をつくり始めた|邦栄堂製麺のこと②

「邦栄堂製麺」では今年から、店の隣の駐車場にキッチンカーを置き、そこで焼きそばを売り始めた。焼き手は工場長でミュージシャンの鎌田さん。平太麺の美味しさを知ってもらうことが目的だったが、そこには鎌田さんの熱い思いが込められていたのであった。

「楽しくないと続かないでしょ」と工場長でミュージシャンの鎌田さん。

「邦栄堂製麺」は、鎌倉市内を中心に町中華やラーメン店に麺や餃子の皮を卸している。製麺所での直売、ネット通販も手掛けており、近隣住民だけではなく、料理家たちにも愛されている。
3代目の関康さんの若い頃からの友人で現在は工場長兼、焼きそばのつくり手を務めるのがミュージシャンでもある鎌田裕樹さん。
鎌田さんは幼い頃から料理をしていて、麺類の料理はお父さまが担当するような家庭で育った。

キッチンカー外観

製麺所である「邦栄堂」で、なぜ焼きそばをつくって売るのか、鎌田さんに伺った。
「若い頃から家で飲み会やったり、なにか持ち寄りでパーティをやる時は邦栄堂の平太麺で焼きそばや和え麺をつくってたんだ。で、その場にはやっちん(関さん)がいることも多くてさ。なんなら、僕の結婚式の引き出物は、邦栄堂の平太麺だからね。で、僕が邦栄堂で働き始めて、なにか新しいこと、楽しいことやりたいね、ってやっちんと話してたら、かまちゃん(鎌田さん)の焼きそばいいんじゃないの、って話になったんだ」

焼きそばの屋台を出す計画が本格的に動き出すと、鎌田さんは焼きそばの練習を始めた。
「焼きすぎて、息子がさ、『もう焼きそば見たくない』って言うんだよ」
友人の間では鎌田さんの焼きそばは評判がとてもよかったし、自社の麺のことを知り尽くす関さんが、かまちゃんの焼きそばなら勝負ができる、と判断したのだから、そこまで練習する必要があったのか。

調理中の鎌田さん

聞いてみると、鎌田さんのミュージシャンとしての経験や矜持が見えた。
「キッチンカーで焼きそばをつくることが決まってから、なるべくお湯を汚さず、節約しながら効率もよくやらなきゃいけなかったから、そのあたりの試行錯誤もあったけど、1回練習すると、1回分上手くなると思っていてさ。本当はそんなわけないんだろうけど、そう思わないと続かないし、実際上手くなっていくと練習は楽しくなるんだよ。練習しっかりしておくと本番でペース乱さなくなるしね。だからミュージシャンがスタジオにいる時間は長いんだよ。」

焼きそばを実際に食べさせていただいた。
ソースの味と麺を噛んだ時に広がる麺の甘みが重なってとても美味しい。歯ごたえのある麺をかんでいると、ソースの味から麺の味へ移り変わっていく。ソースの強い香りと味に麺が対等に向き合っている。

焼きそば

「邦栄堂の平太麺は焼きそばや和え麺にすると本当に美味しい。麺そのものの味がよくわかる。だから平太麺はラーメンとかでは食べないな。麺が美味しい焼きそば食べたら、邦栄堂で平太麺も買ってもらえるでしょ」と鎌田さん。

それは鎌田さんの狙い通りの美味しさだった。練習おそるべし。
ソースも試行錯誤があったのか聞いた。
「邦栄堂で売ってる麺に付いているソースと同じだよ。ちょっとオイスターソース入れたりしてるけど。だから家でも同じものがつくれるよ」
たしかにソースに独自の工夫をしてしまったら、家で同じ味はだせない。
“お店の焼きそば”ではなく、“製麺所の焼きそば”なのだと思った。

「とにかく楽しくないと続かないし、常に改良しながらやっていきたいと思ってるよ。ひとつのことをやっていても、なにか、いっぱいになっちゃうことってあって、その時にいくつか予備タンクみたいなのがあるといいと思っている。」

キッチンカー内部

実は鎌田さんは僕の高校のひとつ上の先輩だ。
高校の時の話を少し聞いた。
「進路指導とかだったかな。僕が『後悔したくねぇんだよ』って言ったんだよ。そしたら梅子さん(教師)に『絶対に後悔はするよ。だからそんなこと考えずになんでもやんなさい』って言われたんだよ」
ミュージシャンでもあり、製麺所の工場長であり、焼きそばのつくり手である鎌田さん。
練習を楽しむ姿勢、楽しくやらないと続かない、という鎌田さんの言葉にも表情にも、後悔している暇などなさそうだなと思った。

「鉄板ジョークがあるんだよ。二つの意味で。やっちんは聞きあきてるけど」と言ってにやっと笑う鎌田さん。
うっかりしていて肝心のジョークを聞き忘れた。次に焼きそばを食べるついでに聞いてみたいと思う。

かまちゃんの焼きそばイラスト

文・写真:横山寛多

横山 寛多

横山 寛多 (絵本作家、イラストレーター)

1980年、神奈川県鎌倉市生まれ。著書に「しのぶよしのぶよ」(若芽舎)、「なんだこれは」(偕成社)、作画を担当した作品に「ぐうたらとけちとぷー」(加瀬健太郎・著/偕成社)、「『じぶん』のはなし」(ようろうたけし・著/講談社)。dancyu本誌の連載「いまどきの旬」のイラストも担当。麺類と虫が好き。