邦栄堂製麺のこと
"美味しい麺"というより"良い麺"|邦栄堂製麺のこと①

"美味しい麺"というより"良い麺"|邦栄堂製麺のこと①

「邦栄堂製麺」は3代目の関さんとその家族、数名の社員で年季の入った機械を使って麺をつくる。注文とその日の湿度に応じて水分量を決め、練った生地を触って確認する。味の特徴の異なるさまざまな飲食店がその麺を使っているが、それぞれのスープの味わいに調和する、“懐の深い麺”だという。

「ようやく最近わかってきたな、と思うよ。20年かかったけど。」と3代目の関さん。

鎌倉市の東の端、逗子市との境の山のふもとに名越という場所がある。
鎌倉では古くから月の名所とされてきた。その名越に「邦栄堂製麺」はある。
創業70年。現在は3代目の関康さんが家族と社員数名できりもりしている。
近隣の中華料理店やラーメン店に麺や餃子の皮を卸しながら、製麺所での直売、ネット通販も行っている。地元の人はもちろん、料理家にも愛されている老舗の製麺所だ。

邦栄堂外観

早朝、留守電にはいっている注文を聞き、その日仕込む量を決めるところから一日が始まる。粉を練る水の量はその日に肌で感じた湿度で変わる。
「春と秋はだいたい決まってて、夏と冬は増減する感じかな。練った生地を握ってみて、崩してみて、確かめてる」
手元でその時の仕草をしながら関さんは言う。

製麺所には年季のはいった機械たちが並んでいる。
「機械とはいえ、こっちがちょっと上の空だと、本当に機嫌が悪くなることがあって、あ、しまったな、と思う。ちゃんと見られてるな、というか。」
機械にはいたるところに手描きの印がつけてあり、歴戦の古兵のような雰囲気がある。単純に機械と言いきれない、という気持ちはよくわかる。

邦栄堂内部

出来上がった生地は製麺機にかけられ、関さんのお母さまと地元の手伝いの方による「玉取り部隊」の手で、1玉ずつまとめられ、「ばんじゅう」と呼ばれる箱にならべられていく。
麺が出来上がればすぐに配達へ出る。
製麺所に残った関さんは型を使って餃子の皮を手作業で抜いていく。
その頃には関さんのお姉さんも製麺所にやってきて直売が始まる。
近所からも遠方からも、ひっきりなしにお客さんがくるので、
午前中はほとんど休みがない。
午後、直売を終えると通販の発送にかかり、
それが終わると翌日卸すおおよその量を確認し、一日が終わる。
「ようやく最近わかってきたな、と思うよ。20年かかったけど。」
そう言って関さんは笑う。

関さんは僕のひとつ年上の地元の小、中学校の先輩で、木工作家でもある。
僕が絵の仕事を始めようとしていた頃、関さんから木工関連でいくつか仕事をもらった。
それが縁になって邦栄堂のロゴマークや店先の看板も描かせてもらった。以来、公私共にお世話になっている。

ロゴマーク(茹で方の紙)

邦栄堂さんの仕事をしてから、お店で食べる麺が気になりだした。
すると、あることに気がついた。
地元のお気に入りのお店が、かなりの割合で邦栄堂さんの麺を使っている。
一度、関さんに卸し先を聞いてみると、知っているお店や馴染みのお店の名前が次々とあげられた。中には知らないお店ももちろんあって、だからこそ行ってみたくなる。これはいずれ卸し先のお店の地図を作ろう、と盛り上がった。

驚くのは、同じ麺でもお店によって全然違う印象になることだ。だから長年通っていても気がつかなかった。
あるお店では、すっきりと茹であげた麺が澄んだ醤油味のスープとよく合うし、またあるお店では、たっぷりと茹であげた麺が塩味の穏やかなスープと抜群にあっている。
もちろん、お店の方が試行錯誤した結果ではあるのだけれど、そのお店ごとの味と調和できる懐の深さは、ただ“美味しい麺”というより“良い麺”と言った方がしっくりくる。

カキソース和えそば

良い麺の懐の深さは家庭で最も発揮される。
素人が料理をしても、麺のおかげで、かなり美味しくなるからだ。
僕が一時期はまったのはdancyuにつくり方が載っていた“カキソース和えそば”だ。調味料は薄口醤油、オイスターソース、具材は少量の長ネギと生姜だけ、という潔さは、信頼できる麺がないと成り立たない。
せっかくの削ぎ落とした美味しさなのに、家だとついつい欲をだして、すこし鰹節をかけたりしてしまうのだけれど、そんなことをやっていると驚くほどあっという間に食べ終わってしまう。

中華麺入り肉吸い

もうひとつ、最近よくやるのは、いりこだしをとって肉吸いをつくり、そこに邦栄堂の細麺を入れるものだ。そのままでも充分美味しいが、ほんの少しだけニンニクを加えると、ぐっとラーメン感が増す。邦栄堂の麺が家にあると楽しいのだ。

そんな邦栄堂が今年から新たな試みをはじめた。
そこにはまた新たな物語のはじまりを予感させる製麺所の工場長の思いがあった。

邦栄堂製麺

文・写真:横山寛多

横山 寛多

横山 寛多 (絵本作家、イラストレーター)

1980年、神奈川県鎌倉市生まれ。著書に「しのぶよしのぶよ」(若芽舎)、「なんだこれは」(偕成社)、作画を担当した作品に「ぐうたらとけちとぷー」(加瀬健太郎・著/偕成社)、「『じぶん』のはなし」(ようろうたけし・著/講談社)。dancyu本誌の連載「いまどきの旬」のイラストも担当。麺類と虫が好き。