様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第十一回目は「ブルーベリーバックル」です。詳しいレシピも次回掲載します。
仕事や家事の合い間にお茶を淹れ、お菓子をつまみながらほっと一息。誰にとっても、心なごむひと時です。
「アメリカではお茶の時間に限らず、ちょっとしたブレイクタイムに薄めのコーヒーをお代わりしながら、コーヒーケーキをつまみます。“コーヒー”ケーキといっても、コーヒー味のお菓子のことではありません。コーヒーによく合う甘いお菓子といったニュアンスです」と、原亜樹子さん。
アメリカのコーヒーチェーンなどでよく見かける、ケーキ生地の上にポロポロのクラムが載った四角いケーキをはじめ、スパイスケーキ、シナモンロールなどの菓子パンなどもコーヒーケーキの仲間です。今回、原さんはフルーツたっぷりの「バックル」と呼ばれるコーヒーケーキを紹介してくれました。
植民地時代から伝わる伝統的なお菓子で、りんご、ラズベリーなどさまざまな季節の果物でつくられますが、定番、かつ断トツ人気なのがブルーベリーバックル。スポンジケーキとバターケーキの中間のような食感の、重すぎず、軽すぎない生地にブルーベリーを混ぜたりトッピングし、クラム(粉とバター、砂糖をポロポロのそぼろ状にしたもの)をのせて焼き上げるのが特徴です。
「私も生のブルーベリーが出回る夏の休日に焼くことが多いですね。ブルーベリーはアメリカ東部・ニューイングランドが主な産地で、バックルにとどまらず、パイやマフィン、ベーグルなど、アメリカの菓子やブレッドには欠かせない存在。でも、冷凍のブルーベリーでもおいしいので、一年中つくることができますよ」(原さん)。
バックルには、(ベルトなどを)「留める」という意味があるほか、「ゆがむ」、「崩れる」という意味もあります。このお菓子には焼いている間にブルーベリーの一部が生地に染み込み、表面がぼこぼこと崩れたような(buckle)ラフな見た目になることから名づけられたという説があります。
「現在のバックルは特別に見た目が崩れているということはありません。おそらく昔はもっとたくさんのベリーを入れて焼いていたんだろうと思います。バックルは旬の果物にビスケット生地をのせて焼き上げるアメリカの定番デザート“コブラ―”(cobbler)の仲間です。コブラーにしろバックルにしろ、この類いのアメリカの家庭的な焼き菓子は、名前の由来が定かではないことが多いのです」(原さん)。
バターとシナモンが香る生地と甘酸っぱいブルーベリーが溶けあい、素朴ながら飽きのこないおいしさ。サクサクとしたクラムの食感が、焼きっぱなしのお菓子に豊かな表情を与えています。
フレッシュなブルーベリーが手に入ったら、ぜひお試しを。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など著書多数。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介