様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第五回目は「カウボーイクッキー」です。詳しいレシピも次回掲載します。
「アメリカ人にとって、クッキーは一番身近なおやつといえるでしょう。日本人にとってのおせんべいみたいなものですね」とアメリカ郷土菓子に詳しい原亜樹子さん。その象徴的な存在が、焼いたクッキーを保存しておく“クッキージャー(Cookie Jar)”です。ガラス製や陶器製の容器で、アメリカの家庭のキッチンカウンターには必ずといっていいほど置いてあり、インテリアとしても一役買っています。
学校から帰ってきた子どもたちがすぐに食べられるおやつとして、または家事や仕事の合い間につまんだり、急な来客のおもてなしに役立てたり……。クッキーが常に暮らしのそばにある、アメリカならではの風景です。
「年末のホリデーシーズンには“クッキー・エクスチェンジ”といって、友達同士が集まって手づくりのクッキーを交換し、缶に詰めて持ち帰る習慣があるんですよ」と原さん。
なぜ、そのような習慣があるのでしょうか?
「一人で何種類ものクッキーを作るのって大変ですよね。だったら、それぞれお得意のクッキーを大量に作って交換し合えば、たくさんの種類が一度に楽しめるでしょう」(原さん)。そんな習慣からも、アメリカらしい自由な発想と合理性がうかがえます。
今回、原さんに教えてもらったのは、オートミール、クルミ、チョコレートチップ、ココナッツがたっぷり入った「カウボーイクッキー」。ワンボウルで作った生地を天板に落として焼くだけと簡単、特徴は直径が10㎝ほどもあるビッグサイズであること。
「名前の由来は定かではありませんが、オートミールが入った栄養価の高さから、カウボーイの携行食に好まれたという説があります。またはオートミールのメーカーが子どもの心をつかむために、販
さらに、カウボーイクッキーはテキサス州知事出身で、第43代大統領ジョージ・W・ブッシュ氏の妻ローラのお得意クッキーとしても知られ、別名「テキサスクッキー」の名でも親しまれています。伝統的なカウボーイクッキーにシナモンパウダーは入りませんが、ローラ夫人のクッキーにはシナモンが入ることから、今ではシナモンパウダーを加えたものも一般的になっています。
「アメリカでは、大統領や大統領候補の配偶者がクッキーのレシピを披露することは珍しいことではありません。2016年にヒラリー・クリントン氏が大統領選に出馬したときは、夫のビル・クリントン氏がチョコチップクッキーを焼いて話題になりました。家庭を大切にする親しみやすい存在としてアピールすることで、国民の信頼と共感を得やすいからです」と原さん。アメリカ人にとって、クッキーが家族の絆の象徴であり、いかに身近なものであるかがわかります。
「カウボーイクッキーの人気は別格ですが、最近ではブラックチョコレートをホワイトチョコレートやマーブルチョコに替え、ピーカンナッツの代わりにマカダミアナッツを加えたカウガールクッキー(Cowgirl Cookies)の人気も高まっています」。
アメリカ全土で受け継がれてきたカウボーイクッキー。たっぷりの具材を盛り込んだリッチな食べ応えと、親しみやすい味わいが長く愛されている理由です。つくり方は次回をお楽しみに。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など著書多数。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介